第22話 金剛不壊の剛槍
初手に全力の一撃を見舞い、コアを覆う金属片を洗い流して以降、ミリティアは刺しては引き、抉っては退くを繰り返していた。
彼女は徹底して肘を狙い続けており、ドリル状のウォーターカッターは、交錯する度に右肘を細かく削っている。
「さて、このまま
属性付与の中でも水系統は威力に定評があり、山火事などの二次災害も生まないので、最も普遍的な攻撃手段と言えた。
例に漏れずミリティアもこの力を使っていたが、しかし穂先は浅く傷をつけるに留まり、その細かな傷もすぐに修繕されている。
関節に埋め込まれたコアの貫通にまでは至らず、徐々に泥仕合の様相を呈してきていた。
「うむ、予想よりもダメージがあるようには見えないな。やはり難敵ではある」
ミリティアは5回目のヒットアンドアウェイを終えて下がると、冷静に戦果を確認した。
ぶっ刺しや掘削によってサブコアが傷ついたことは確認できたが、完全にカチ割るには最低でも十数回の仕掛けが必要となる見込みだ。
そして地道に削ろうと次の一歩を踏み出す前に、後方のスペルビアから制止の声がかけられた。
「ミリティア様、やはりここは撤退しましょう」
「何を言う。私の計算では、勝てる見込みは立っているぞ」
一発食らえば致命傷となりかねない攻撃に、10回20回と躱しながら反撃を入れて、ようやくサブのコアが一つ割れる計算だ。
それを5、6回繰り返して魔力を消耗させ、削り切った時にようやく下準備が終わり、通常のサイズとなったゴーレムと戦えるようになる。
だから理論上は勝てるとしても、世間一般では「無謀な戦い」という分類に入っていた。
「魔力ある限りは核も再生します。外殻の破壊でも消費を促進できる打撃武器と比べて、不利には違いありません」
「剣よりはマシじゃないか?」
「それはそうですが……」
焼け石に水という表現は不敬なため、喉まで出かかった言葉をスペルビアは飲み込んだ。
別な言い方を探しながら、彼女は撤退の進言を続ける。
「窮地に陥れば残りの核を、身体に埋め込んでいくはずです。そうなればいよいよ攻撃が届きません」
「確かにもっともだ。どう頑張っても、穂先は体内まで届かない」
敵からすれば今は狩りの時間なので、効率よく獲物を仕留める為に、できる限り運動性能を上げるためのフォームをしている。
しかしその戦い方で形勢不利と見れば、防御重視した作戦に移行して、多少時間が掛かるとも確実に処理をしていく判断を下す可能性が高い。
「要するに決定的なトドメを刺すための、衝撃力が不足しているわけだ」
「その通りです」
剣で岩を両断することはできず、槍で鉄の塊を貫くことはできない。
体内に埋め込まれた弱点を刃先で攻撃するならば、彫刻刀で彫るようにちまちまと、周辺を削って掘り出すしかないのだ。
斧やハンマーであれば防御を貫通して攻撃できるが、槍にはこの選択肢が無い。
だからミリティアは、ここで発想を逆転させた。
「逆に言えば、槍での打撃が通るまで固く、堅く……柄を強化すればいい。そういうことだろう」
「えっ?」
槍を打撃武器として、ハンマーのように扱えるなら話は変わる。
この当たり前の帰結に辿り着いたミリティアは、武器に纏う属性を変更した。
「疲弊を狙うだけなら、追加攻撃は要らないから水も炎も不要。求めるは絶対的な硬さ、圧倒的な強度のみとあらば……土属性の出番だな」
槍の攻撃方法は、突く、薙ぐ以外にもある。むしろ人間同士の戦いならば、最も使用される攻撃は、天高く掲げてから振り下ろす
そしてミリティアが使う槍には鉄芯が入っているが、それは鉱物なので土魔法での強化が可能だ。
そのため彼女は槍を鉄棒に見立てて、魔法による追加効果をほぼ持たない、ただただ頑丈な物体に仕上げていった。
「強度の維持だけに全力を注いで、打ち合えばいい……つまり守りは最大の攻撃ということか」
「ちょ、わ、私が言いたいのは、そういうことでは」
核を破壊できれば効率はいいが、そこは最高の硬度を誇るため破壊が難しい。ならば手足を破壊し続けて、身体を維持できなくさせればいい。
そう路線を変更すると決めた、ミリティアの判断は早かった。
「皆まで言うな。物は試しさ、やってみよう」
彼女が短距離走の如く、全力全開で身体強化を巡らせれば、そこらの棒切れでも石垣を砕くほどの威力を発揮する。
本体のスペックは龍を殺せるレベルであり、問題は武器の耐久が保たないことだ。
「肘を狙っても駄目なら、もう面倒だから丸ごといこう。そうだこれが一番手っ取り早い」
ならばと余剰魔力の全てを、頑丈さの強化に割り振った――硬さに極振りした――言うなれば武器への身体強化によって、彼女は解決を図る。
「この
求められているのが打撃力と衝撃力なのだから、今度のミリティアは飛び込まない。
ゴーレムの目前に歩みを進めた彼女は半身になり、所定の位置で足を地面に突き刺すと、薄く茶に発光する大身槍を真横に構えた。
「せぇのっ!!」
ゴーレムが右手を振り上げて拳を振るうと、ミリティアも一拍遅れて迎え撃つ。
パワーヒッターの如く、両手で槍をフルスイングだ。
剛槍と巨腕が正面衝突した余波は、小さな衝撃派となって空間を歪めたが、ふくらはぎまで地面に抉り込ませたのだから、手足が折れない限りは後退することもない。
「魔物を仕留めるための攻撃的運用ではなく、疲弊させるための防御的運用か。うむ、勉強になるな。わざわざ遠方に来た甲斐があったというもの」
ゴーレムは反動でニュートラルポジションに戻り、膂力も体重差も無視して、ミリティアも攻撃前の位置に留まった。
威力と衝撃を相殺して、互いの上半身だけが僅かに後退する。
そして再び次の攻撃を振るう。その繰り返しだ。
つまりこの戦いは両者一歩も退かない、足を止めての乱打戦となった。距離はそれなりに離れているが、実質的にはインファイトだ。
「ははは、とてつもないパワーだが限りはあるはずだ」
一国の姫と鉄の塊は正面から殴り合うが、これは根競べであり、どちらが先に力尽きるかの泥仕合でもあった。
そして両者高出力のため、尋常でなく消耗も早くなるが、スタミナという点ではミリティアにも十分に自信がある。
「鉄くず風情が、この私に勝てると思うか。いつまで保つか見物だなぁ!!」
高らかに笑いながら殴り続けるミリティアと、拳を振るう鉄人形の打ち合いは、一定のリズムで合数が加算されていった。
しかし槍の用法から完全に外れた、暴挙に打って出ているのだ。
先ほどから蛮族のような振る舞いを見せている姫を前にして、ドミナとスペルビアは顔を手で覆い嘆いた。
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