第21話 蛮族が如く



 槍という武器は近接武器の中で最強の性能を誇るため、人類の戦いにおけるメインウェポンの役割は、数千年もの長きに亘って槍が担っていた。


 圧倒的な攻撃範囲の前では小手先の技など意味を持たず、剣が槍に勝とうとするならば3倍の実力が必要という――剣道三倍段という言葉もあるほどだ。


 しかし今回は、ミリティア側がリーチで不利を背負っている。

 それは取りも直さず、この戦いはゴーレムが極めて有利ということだ。


 人間同士の闘争であれば、最強の武器が槍であることは疑いようもないが、翻って物質系の巨大な魔物が相手ではどうなのか。


「まずは小手調べだ。行くぞ!」


 ミリティアは定石通りに、活性化させた魔力を身体に馴染ませて、熊を投げ飛ばせる程度にまで強度を引き上げた後、槍に水系統の魔法を属性付与エンチャントした。


 要はウォーターカッターよろしく、圧縮した流水を纏った攻撃により、接触の度に削岩するつもりだ。

 そして小手調べとは言いつつも、初手から全力で仕掛けていく。


 ミリティアは走りながら大きく身体を捻ると、ゴーレムが腕を振り下ろす動作に合わせて、最高速の槍を突き出した。

 敵の動きは重量に違わず鈍重と見て、彼女は回避行動を兼ねたカウンターを狙う。


「この名槍。直撃でなければ、どうということもない!」


 大上段から振り下ろされてくる、巨腕の側面と入れ違いになりながら突き進むと、金属同士が擦れる不協和音が鳴り響いた。

 槍は巨大な二の腕を掠めるように直進するが、水流も穂先も、弾かれないのがやっとの勝負だ。


「流石に硬いが、構うものか」


 初撃は引っかき傷を付けた程度に収まったものの、実のところこれが本命ではない。

 彼女からするとこの動きは、次の攻撃に移るための予備動作でしかなかった。


「狙いはこちらだ。急所を突かせてもらう!」


 彼女は槍と身体ごと使ったクロスカウンターを仕掛けて、勢いのまま懐に潜り込んだが、ゴーレムの弱点とは胸部に埋め込まれた中心核だ。


 これは全ての鉱石を連結させる魔力の源にして、生物の動きを模倣するかのように、自在に四肢を操るための司令塔でもある。


「あれさえ壊せば――ん?」


 ミリティアは突進した勢いのままに、半ば露出した核を砕きにいくつもりだった。


 しかし彼女が跳び上がる直前に、ゴーレムの腹から追加の腕が出現して、飛び込みに合わせる迎撃のアッパーカットが振るわれた。


「随分と賢いが、それは一体どこで学んだんだ?」


 胸元を目掛けて飛ぼうとしたミリティアは、地面に槍を突き立てて二段ジャンプに移行すると、下方から突き出された腕の勢いも利用して、頭部まで跳躍していった。


 しかしゴーレムの額に着地すると同時に、広背部の周辺から――彼女を拘束するべく――更に4本の腕が伸びてくる。


「一旦、退くか」


 無理矢理コアを狙えそうな角度ではあったが、捕まればドミナとマレフィの仲間入りをしてしまう。

 そのためミリティアは敵の頭から飛び降りて、魔法を解除しながら元の位置にまで戻った。


「取り付けば隠し腕が襲ってくる上に、遠隔操作型のものまであるのか」


 彼女が体勢を立て直して前を向くと、ゴーレムの腰回りや肩口、足元にも粘土のような腕が生成されていた。

 生成速度も動きもさほど速くないが、捕まれば終わりの厄介な代物だ。


「捕食が進んで容量が増えると、戦法も増えるものなんだな」

「感心している場合ですか!」

「いやいや、こんなもの教科書には書いていなかっただろう。凄いじゃないかこれは」


 ぐねぐねと動いているツタ状の粘土腕により、宙で逆さ吊りにされたままのドミナだが、この体勢からでもミリティアへの小言は飛ぶ。


 一応の安全地帯から様子見をしていたスペルビアは、二人の能天気ぶりに呆れていたが、さりとて仕切り直しだ。


「やはり刺突と斬撃は効果が薄いですね」

「まあ、想定通りだろう」


 金庫の扉をナイフで突くようなものだ。どれだけ強化しようとも質量の差により、やはり刺突や斬撃は通らない。

 流水での削りも修復されつつあるため、戦い方にはどうしても工夫が必要となる。


「核への警戒心が高いから、横着をしていてはこちらがやられるな」

「しかしまともに削り合えば、先にミリティア様の武器が折れるか、砕けると思います」

「それも想定内だよ」


 初手のランスチャージを真正面から当てれば、分厚い鉄板を貫通する威力だった。

 その槍で切り裂いても、ほぼ無傷なのだ。


 ミリティアの乱雑かつパワフルな使用にも耐えられる大身槍は、国が誇る名工が仕上げた一品だが、真正面から鉄塊とぶつかれば刃こぼれしてしまう。


 そのためミリティアが採るべき選択肢は、二択になった。


「まずは慎重に立ち回りながら、技巧を尽くしてみるか。これは実戦槍術の出番だな」

「実戦槍術とは?」

「戦争用の技ということさ」


 特攻によるメインコアの破壊という、短期決戦案をミリティアは早々に諦めた。

 一撃で破壊できなければ捕縛される恐れもあるので、ここからは慎重策を採る。


「よし、早速だが試してみるとしよう」

「あ、あの、ミリティア様?」


 しかし慎重とは言っても、ミリティア基準での話だ。

 彼女は用心して、慎重に慎重を重ねた――積極的攻撃策に打って出ると決めて、歩み始めた。


「地面から生えてくる遠隔の腕は、操れる範囲がそれほど広くなさそうだからな。ベストな距離は奴が手を広げたくらいの中距離戦だ」


 とかく槍は、文明レベルが低いほど活躍する。腰蓑を巻いただけの原始時代では神の武器であり、青銅器や皮鎧が普及し始めた古典時代でも確実にエースとなる。


 どの文明でも槍の代替武器は容易に見つからないが、一方で防具には改良の余地が幾らでもあり、その最たるものが、打撃以外の全てを拒絶する全身鎧だ。


 少し気の利いた職人がフルプレートメイルを作れば、剣と槍どころか弓や投石、魔法攻撃なども弾いて見せるだろう。


「つまり重装歩兵を相手にするのと、然して変わらないということで」


 雑兵の首を一度で3、4個飛ばしそうな大身槍であっても、重装備の人間が相手ではこのゴーレムと同じように、各種の攻撃が通りにくい。


 だからミリティアは現在の状況を、少しばかり大柄で、手札が多めの歩兵を相手にするものと捉えて動き始めた。


「こういう頑丈な手合いには、関節を狙うものだと相場が決まっているのさ」


 全身鎧について言えば、関節部分は動きを阻害しないために装甲が薄いか、又はオープンになっている。

 目元や首回りなども同様に、いくらかの遊び・・があるのだ。


 その間隙を縫って突き刺す技のことを、鎧通よろいどおしと言う。


 通常は組み打ち用の短剣や、小刀により行使される武技ではあるが、ミリティアは大身槍にでこれを繰り出すつもりでいた。


「それほど大きければ、この得物で丁度いいだろう」


 相手のサイズを見るに、己の愛槍は短剣と変わらない大きさだ。

 ならばこれで問題ない。


 雑に締め括ったミリティアは駆け出し、武器に纏う魔法の出力を再び最大にして、第二の弱点となる部位を狙い打ちにいく。


「さて、核は胸元にあるようだが、まさかそれ一つではないよな?」


 ゴーレムはリーチ、破壊力、耐久力などに優れる分だけ、素早さが低い。それは見た目で分かるが、能力以上に見た目から分かりやすい点が存在する。


 つまり彼がどれだけ頑張ろうと、身体の全てを泥やペースト状にはできないということだ。


 いかに可塑性かそせいが高くとも、必ず硬質化している部分がある。それはメインコアを始めとした、ゴーレムの本体とも言える部分だ。


「肘、膝、足首、股、肩口……どれでもいいか。手近なところからいくとしよう」


 巨体を制御するにあたり、サブのコアも身体に散らしてある。

 それらは補助的な指令部として、関節部に多く配置されていた。


「様子見は終わりだ、覚悟しろ」


 本丸までには幾重にも罠が張り巡らされているため、現実的に叩ける弱点はいずれかの四肢、その支点となる球体状のサブコアだ。

 だからこそミリティアは、今度は明確に右腕を狙い攻撃を仕掛ける。


「――まずはその肘、貰ったぁぁあああああ!!」


 相手を重装歩兵に見立てたまではいいが、弩級の体格を誇る魔物を相手に、人間用の戦闘技術が使えるはずもない。


 だから彼女は型や構えを捨てて、ただ野獣の如く駆けて跳ぶ。


 関節の破壊だけに的を絞ったミリティアは、蛮族の如く、鉄槌を振り下ろすが如く、順手に持った槍を振り下ろした。



― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


 正拳突きをしてから、小指が下にくるように、拳を90度回転させる。

 上記のポーズを取り、上から下に振り下ろすのが鉄槌という技です。


 その手に槍を持たせて、蛮族ジャンプを経由して敵を突き刺しにいくと、お姫様の完成。

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