第20話 勃発
「ほんで真面目な話をすると、これから先がちょっと危険ゾーンなのよね」
茶番が終わり、調理が終わり、配膳も終わった辺りでマレフィは、ふと話を切り出した。
「足場が悪いとか?」
「いやいやお待ちかね。もう少し奥地に行くと、大型種の発見報告が増えるってこと」
つまりミリティアにとっての目的地は、すぐそこだということだ。蕩けたチーズを付けた根菜をムシャムシャしながら、彼女は口の端を釣り上げた。
「それなら早めに食事を済ませて、準備運動でもしておこうかな」
言うが早いか、彼女は部員たちの3倍速ほどの速さで、食事を平らげ始める。
彼女は咀嚼の回数を少なくして、熱々の料理を飲むように掻き込んでいった。
「ティアちゃん、もう少し落ち着いて食べたらどうですか?」
「早寝早飯は騎士の基本だよ。食事の時間は短かいほどいいし、寝つきがいいほど軍人向きさ」
ドミナとしては、もう少し淑女らしく食べればどうかという諫言の意味で言ったが、一方のミリティアはドヤ顔で、これが私の特技だと言い放った。
しかしいつものことなので、ドミナもこれ以上言うことはない。
「さあ、素振りだ」
同行者たちが食事をしている場から少し離れて、槍を振るい始めたミリティアをよそに、マレフィは注意事項などをつらつらと語る。
「でっかいやつは目立つんで、基本的に不意打ちを食らうことはないはず。出てくるのも猛禽類の進化系みたいなやつが多いから、上空に警戒かな」
「龍種はどうですか?」
「団体さんを面倒臭がって、移動しちゃったかもね。別な山に別荘があるみたいだし」
それはミリティアはおろか、スペルビアにとっても残念なことだが、彼女たちが最近口にしていたのは――グリフォンをどう倒すかという話題だ。
グリフォンは生息地をそうそう変えるタイプの生き物ではないので、サブターゲットにはあまり期待せずに、メインターゲットに力を入れれば済むことだと、彼女らは頭を切り替えた。
「まあまあ、何人かで投槍して動きを鈍らせたところで、地上戦を掛けるって感じで。滑空してきたところにカウンターとか、まあ、そのあたりは事前の打ち合わせ通りかな?」
「前衛はミリティア様で、中衛がマレフィさん。後衛がドミナ様と私でいいですね」
放課後の稽古で何度か合わせてみた結果、4人の小隊で行動をするのなら、ミリティアの姫プレイは継続という結論になった。
変わったことと言えば、隙を見てマレフィが大火力の振り下ろしを入れるという連携が加わったぐらいであり、中衛と後衛がミリティアのサポート役に回るという構図は変わることがない。
「あ、それから今朝、道具屋のおばちゃんが言ってたんだけど、棲息圏が変わった影響でレアモンスターの縄張りが広がったとか」
「レア……ですか?」
「うんうん、本来だったら谷底にいるようなのが、ひょっこり浅瀬にくる感じ」
勝手知ったる故郷の中でも、特にこの山はマレフィの庭だ。
このメンバーなら大抵の相手は完封できると知りつつ、普段と違う敵がうろつくなれば、一つだけ注意しなければならない敵がいた。
「ゴーレムにだけは要警戒かなー」
「そうですね……マレフィさん以外だと、不利は背負いそうです」
「私とドミナ様は、特に相性が悪いですね」
手持ち装備がハンマーなら気軽に打ち砕けるが、全身が鉱物でできた怪物には、槍による攻撃が通りにくい。
削り殺すこともできなくはないが、戦闘音を聞きつけた他の魔物が寄ってくることも考えれば、逃げの一択だ。
「しかし遭遇時の状況によっては、マレフィさんを援護して戦うことになりますか」
「あーい」
事前情報になかった敵なので、対策装備などはもちろんない。マレフィのハルバードで強引に撃滅するのが精々といったところだ。
しかし
そんなお約束を避けるべく、ドミナはミリティアに念を押した。
「聞いていましたか? 近頃はゴーレムが出るそうです」
「戦ったことはないが、擬態が得意なんだったか」
ストレッチを終えたミリティアは軽く槍を振るっていたが、彼女は意外にも索敵が得意な方だ。
性格が大雑把であろうと、各種戦闘技能の技術と繊細さは極まりつつあった。
「目視では発見しにくそうだし、そんな相手がいるのなら、定期的に魔力探知をした方が良さそうだな」
ちょうど休憩中なのだから、範囲を広めにとっても一休みすれば全快だ。
そう考えたミリティアは、地面に手を着いて放射状の魔法を走らせた。
「破っ!!」
これはソナーのように、魔力の衝突や引っかかりによる反響具合で、敵の位置を調べるものだ。
何事もなければ空中にもエコーさせるつもりだったが、しかし効果範囲の始点から終点まで魔法が引っかかり続けたため、彼女は首を傾げる。
「地質のせい……ではないな。抵抗が酷いが、これは一体どういうことだ?」
「あっれー? それ、この辺りでは普通に使えるはずなんだけど」
休憩している一帯の地面が魔法に抵抗しており、遠方まで届くと抵抗がなくなっているが、障害物にぶつかりながら進む魔法のため、普通は真逆の反応があるはずだ。
ミリティアは首を捻りながらも、魔法が届く範囲を頭に浮かべて、抵抗が強い部分のシルエットを思い描いた。
「例えるなら、三頭身の人型?」
「えっ?」
ミリティアが違和を感じた次の瞬間に、地揺れが起きた。しかし揺れているのは彼女らの近辺だけであり、遠くに見える山の木々は微動だにしていない。
「もしや――いかん! 跳べ!」
散開の号令を掛けた直後に、大地が大口を開けた。
彼女らの足元から隆起した岩と、巨大な地割れが一帯を飲み込んでいくが、それは土砂崩れを逆さにしたような光景だった。
「くっ……!」
「あ、ちょっと!?」
「あーれー」
軟体動物が獲物を巻き付けるように、石くれを含んだ土が勢いよく足元から伸びてきて、逃げ遅れたドミナとマレフィが捕縛された。
スペルビアは側転しながら脱出したが、肝心の十字槍は地割れに飲まれている。
「ゴーレムとは、人と同程度の大きさだったと思うが」
「そのはずです。しかしこれは……」
「随分とサイズが違うな」
川辺に逃れたスペルビアはミリティアと共に敵影を見上げたが、不定形の土塊や岩が宙を舞い、見る間に一つに集まっていく。
そして一戸建てほどの大きさになると、それは地中に潜んでいた時と同じように、もう一度人型を象った。
「討伐された魔物の残骸から、魔力を吸収して肥大化したのか? 凄いな」
討伐隊の手によって辺りに散らばった、死骸の残滓をかき集めながら、餌に誘導されるようにして這い出てきたのだろう。ミリティアはそう理解した。
ゴーレムとは核の周りに岩や鉄を纏わせた、自然に発生する魔法生物だ。
これは個体のエネルギー量が増えれば増えるほど、巨大化する性質があるが、ここまでの大きさを誇るものは変異個体と言って差し支えなかった。
「いや、本当に凄いぞ」
ゴーレムとは外敵を生け捕りにして保管する習性があり、苗床にした生物が回復した端から、全ての魔力を吸収していくという恐るべき生態の魔物だ。
ドミナは騎士団の撤収を急がせたあまりに、脇が甘くなったと後悔しながら逆さ吊りにされていたが、ミリティアの反応はもちろん違う。
「望んだ通りの、大物だ」
「え、あの、ミリティア様?」
退屈しなさそうな獲物を見つけた姫は、犬歯が露わになるほど深く、好戦的な笑みを浮かべていた。
しかし命に係わる危機であるため、ゴーレムの生態を思い浮かべたスペルビアは、即座に撤退を進言する。
「この巨体であれば、他の魔物に襲われることはないはずです。おおよそ3日以内に救出すれば助かるので、街に戻って応援を――」
「笑止。一体なんのために、ここまで来たと思っているんだ」
武器を失ったのがスペルビアだけであれば、ミリティアも賛同して一時退却しただろう。
だが、彼女の手には槍がある。
「修行相手に不足なし。あいつを倒して助け出す方が確実でもある。ということで――」
愛用する武器の柄を握りしめたミリティアには、負ける気がしなければ撤退する理由もない。
だから彼女は低姿勢の構えを取り、槍を上段に据えながら宣言した。
「よし、殺す」
魔法でできた岩の巨人と、雄叫びを上げながら特攻する姫。
通常は起こり得ない戦いが、今勃発した。
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