第18話 肉食系
時は流れて中間考査も終わり、無事にテストを乗り切った面々は、かねてからの予定通りに合宿を始めた。
北に向かう乗合馬車を貸し切った4人は、道中では特筆すべきこともなく、6日の旅路を経てマレフィの地元に到着する。
街の入口で降車して、辺りの風景を見渡したミリティアは手で
「この辺りには初めて来るな」
ここは観光地ではなく、目的がなければ訪れる機会がないであろう地域だ。
しかし建築様式が中央のものと違い、断熱性を意識したであろう頑丈そうな建物や、三角屋根の家が立ち並んでいるところは、どことなく異国情緒を感じさせる。
公務以外で王都から離れる機会がなかったミリティアからすると、初めて訪れる街の景色は、それなりに心を躍らせるものだった。
「私も初めて来ました」
「空気が澄んでいますし、別荘を建てるのも悪くない風情ですね」
スペルビアとドミナも伸びをしながら解放感を味わっていたところに、最後に降車してきたマレフィはそれとなく聞く。
「さあ皆さんご飯にします? 宿に寄ります? それとも、観光?」
「まずは一通り街並みを見て回りたいな」
「先に昼食にしませんか?」
「宿に荷物を置いてからが良いと思います」
意見がまとまらないところを見て、マレフィはケタケタと笑った。しかし時刻は確かに昼食時なので、ここはミリティアが真っ先に折れた。
「それなら折衷案で、宿で食事というのはどうだろう」
「悪くありませんね」
屋台を始めとした個人経営店で食事をするのは旅の醍醐味だが、いかんせん味の当たり外れが大きい。
この点でそれなりの宿ならば、観光客向けの味付けにしてあるものの、現地の素材や味付けを充分に楽しませてくれる可能性が高いのだ。
つまり宿で食事をとるというのは、あまり外さない安定行動ではあった。
「それならまずは、宿にご案内ー」
「よろしく頼む」
事前に予約を入れていたマレフィは、迷いない足取りでメインストリート歩いて行く。
するとそれほど時間をかけずに、3階建ての宿屋の前に到着した。
受付で鍵を受け取ったマレフィは、ミリティアに片方の鍵を渡して、もう一本を自分が預かりながら苦笑いを浮かべる。
「この時期は空いていたはずなんだけど、どうにも2人1部屋までしか取れなくて」
部屋割りはミリティアとドミナが同室。そしてスペルビアとマレフィが同室だ。身分的には1人1室以上が当然だが、空いていないのだから仕方がない。
しかし本来では考えにくいほどの予約が入っていると聞き、ミリティアは訝し気な顔をした。
「何か問題でもあったのか?」
「なんでも季節外れの魔物大発生が起きて、よそから騎士団員が大量にやって来たとかなんとか」
「ふーん。そんなこともあるものか」
この話を受けたミリティアとしては、獲物が大量にいるというのであれば、退屈せずに済みそうだという認識となった。
しかし一方で、討伐隊の人数がそんなにいるのならば、獲物の取り合いになることも予想されると見て、彼女は少し気が急いた。
「では、食事が済んだらすぐに出発しよう」
「着いたばかりですし、少しゆっくりしていきませんか?」
対するドミナは笑顔で先送りを提案したが、彼女からすると1日か2日ほどは、出発を遅延しておきたいと考えていた。
何故かと言えば、まだ派遣した騎士団の撤収が終わっていないからだ。
「身体をほぐすためにも、まずは一当たりしておきたいじゃないか」
「……まあまあ、まずは食べてから考えましょう」
北部は魔物が多く、個体の強さにも定評がある。そのため掃討作戦に時間がかかり、彼女らの到着までには間に合わなかった。
そして撤収中の部隊の中には、ミリティアと顔見知りの騎士もいるため、鉢合わせしてしまえばドミナが手を回したことも発覚しかねない。
拗ねて機嫌を損ねられると、それはそれで問題があるので、彼女は万全を期してから現場に向かいたいと思っていた。
「マレフィさん、お勧めは何ですか?」
「山菜類かなー。寒冷栽培してるから、まだ春野菜も食べられるって感じ。代わりに魚介類はあまり美味しくないかも」
気を逸らして山地入りを遅らせたいと考えたドミナは、まずは食事に目を向けた。
標高の高い山の中腹あたりに畑を作ってあるため、今時期は夏野菜が旬だが、まだ春の味覚を楽しめるというのが、この辺りで出される料理の特徴の一つだ。
同時に自然が豊かであるため、王都の近郊では鮮度が落ちる山菜類も豊富に揃えてあり、その半面海の幸には乏しいという地域柄だった。
「いいだろう、魚は苦手だからな」
「羊とか特産牛なんかも有名ですけど、昼からガッツリいきます?」
「無論だ」
「同じく」
「私もお肉料理で」
肉と野菜が有名と聞けば、彼女たちはもちろん肉を選ぶ。槍術研究会は体育会系であり、育ち盛りの彼女達は肉をよく食べる傾向にあった。
総じて言えば、全員の好みがある程度一致しているが、言ってしまえば誰も彼もが肉食系というところが、彼女たちの共通点だ。
「野菜も食べてくださいね?」
「分かってるよ」
「それじゃあ適当に頼むとしましょうか」
席に着いた彼女たちは思い思いにメニューを選んでいくが、この頃になるとドミナからマレフィへの警戒も多少なり解けていた。というのも完全に調べが済んだからだ。
マレフィの実家はとある伯爵家の傍流だが、継承権などとは無縁な上に彼女は四女だった。
積極的に謀略に関わる立ち位置ではなく、実際に家を取り巻く環境や、日々の行動にも不穏な気配がなかったため、ただの変わり者くらいの評価に落ち着いている。
「ん? なにか?」
「いえ、美味しそうな料理が多そうだなと」
「あはは、田舎だとそれくらいしか楽しみがないもので」
兎にも角にも、行動初日は大きな波乱も起きないまま時間が流れた。
食事を終えた時には既にドミナの手によって、観光の流れとなるように調整されていたため、彼女らは誰に渡すでもない土産を買い、屋台で売られていた甘味を手に街を練り歩く。
そして一通りの観光を楽しんだ彼女らは、早めの時間に宿に戻ると、翌日の狩りに備えて眠りについた。
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