第17話 ちょっと屠るだけだから!



「いやー、ここまで断られたらどうしようかと思って」

「実家は厳しいのか?」

「まあまあかなー。その反動で今はこんなだけど」


 入部までに一悶着あったものの、部の存続決定と新人歓迎を兼ねた宴はつつがなく進んだ。


 初対面の段階でボロが出始めていたが、マレフィは距離を詰めるのが早いタイプだ。

 そしてミリティアが権力を忌避する傾向にあるとは、事前に噂で聞いていた。


 実際に話してみた所感でも、それほど無礼を気にするタチではなかったので、彼女はもう敬語を使わずに話している。


「あ、ドミナさん、グラスが空ですよー」

「ええ、どうも」

「合わせるならこのチーズがいいかもしれませんねぇ」


 慎重派のドミナは人見知りが激しく、かつ高貴な人間だ。

 だからマレフィもそちらには、ある程度の礼節を守った上で接している。


 好き放題に振る舞って人間関係を破綻させる、サークルクラッシャーという存在は弱小の研究会ほど入ってきやすいが、一見した限りではマレフィは違いそうだと知り、その点ではドミナも安心していた。


 しかし問題は、意外なことにスペルビアだ。


 ぎこちない所作で会釈をしたり、話を合わせてみたりと最低限の受け答えしているが、どうにも雰囲気がぎくしゃくしていた。


「ビアちゃんもどう? これ美味しいけど」

「ええと、はい、それでは」


 それもそのはず、彼女は部屋で読書をしていたり、黙々と槍を振るい鍛錬をしていたりと、一人で行動するのが合っている人間だ。


 本人の資質はアクティブなインドア派であり、義務的な面会をする義務もない。


 初対面の人間との関わり方というか、社交性という面でもミリティアやドミナとは、比べ物にならないほど下手だった。


「……どうしたものかな」

「……困りものですねぇ」


 マレフィは陽キャであり、お酒を飲んでお喋りを楽しめれば誰でもフレンドという女だが、スペルビアは言わばクールビューティーの皮を被った陰キャなのだ。


 要は性質が真反対に近く、相性がそれほど良く見えないということだった。


「やはり真剣勝負の模擬戦でもやらないか?」

「来週まで待ってください。家臣に調査を頼んでありますから」

「……本当に用心深いな、ディーちゃんは」


 武道を志す人間がこうして集まっているのだから、ミリティアとしては実際に手合わせしてみるのが、何よりも雄弁に人となりを知る方法だと思っている。


 しかしドミナからは、迂闊に距離を詰めすぎるなと釘を刺されているため、最も安定の道である――拳で語るという手は封印されていた。


 そのため彼女には、人と人の仲を詰めさせる方法など、容易に思いつかない。


 ドミナと小声で短い会議をしてみたものの、これをすぐに解決する糸口など見当たらないので、差し当たりミリティアは酒の力を借りる。


「お代わりを頼もう。私はウィスキーのダブルで」

「では、私は水割りを」

「あーい。ビアちゃんは? 今日のおススメとかいっちゃう?」

「み、水で……」


 しかし肝心のスペルビアが酒を口にしようとしないのだから、これもどうしようもない。


 どちらかと言えば彼女にこそ飲んで欲しいところだが、酒が得意ではないと言い、最初の一杯以外は全てノンアルコールで通していた。


 無理に勧めることもないが、既に酔いが醒めているのだから、元から陽気な酔っ払いを相手にするのはもう、苦行の域に入っているのではないかとミリティアは悩む。


「仲良くしてもらうには、どうしたらいいものかな……」

「それはもう一緒にご飯に行ったり、お酒を飲みに行ったり、買い物しに行ったり、旅行に行ったり、色々と?」


 独り言を拾ったマレフィは、思いつく手段を次々と羅列した。

 その中でミリティアは、旅行という言葉に注目する。


「旅行と言えば、そろそろ夏休みに向けた準備に入ろうか。合宿でもしようと思うんだが、候補地はどの辺りがいいだろう?」

「そうですね……では一昨年に使った別荘はどうですか?」


 ドミナは公爵家が保有する避暑地を挙げた。そこは湖畔の別荘であり、王都から東に3日という位置に位置している。


 交通の便がよく、さりとて人でごった返しているわけでもない、地形のおかげで寒くも暑くもない非常に過ごしやすい場所だ。

 快適に過ごせることは約束されているため、選択肢としては悪くなかった。


「しかし折角の長期休暇だからな。いつもとは違う場所で、狩りを楽しむのもアリだと思うんだ」

「まあ非日常の要素が必要という部分は、否定しませんけども」


 もちろん避暑地の付近では魔物が念入りに駆除されているため、環境自体は王都にいるのと大きく変わらない。

 やるとすれば泊りがけでの訓練となるが、それは学園にいてもできるものだ。


 だからミリティアとしては、遠出をするならばもう一声が欲しいと思っている。つまり近場では見かけないような、珍しい魔物も討伐してみたいというのが彼女の希望だ。


「合宿と銘打つ以上、案内人や使用人を引き連れて行くのも違うと思いますけどね」

「それだ。土地勘がない場所に行くなら、どうしても外部の人間が要る」


 槍術研究会の仲間だけで色々とやりたい。親睦目的なら特にだ。


 この方針がある以上、彼女らが何度も通っている別荘は少し退屈ではあるが、スペルビアとマレフィが初見なら悪い選択ではないだろう。


 そう自分を納得させようとしたミリティアに、何気なくマレフィは言う。


「だったらウチの地元は?」

「そう言えば聞いていなかったが、出身はどの辺りなんだ?」

「北の方。ええと、山脈の近くって言えばいいかなぁ?」


 エクウェス王国は大半が平野部だが、国土の一部は山岳地帯であり、それは北部に集中していた。

 当然のこと植生や魔物の分布も変わるため、これはミリティアにとって興味を惹かれる話題だ。


「合宿に適した環境があるなら、いいかもしれないな」

「まあ修行という意味でなら。ほら、レアなやつとか色々と、すっごい魔物が出るんで」

「すっごい魔物?」


 ミリティアにとっての問題は、大量に魔物が出るのか、それとも強大な個体が出るのかという点だ。

 そこは確認するまでもなく、マレフィは続ける。


「運が良ければ……いや、悪ければドラゴンとかにも遭遇するかも」

「よし、決定」


 王都の周辺にいる獲物は、小物ばかりでつまらない。

 その不満を抱えていたミリティアは即座に、権力を発動してでも北に向かうと決めた。


「楽しみだな! グリフォンはいるかな?」

「まあ時々により?」

「よしよし、片っ端から蹴散らしにいくぞ!」


 ドミナはしまったという顔をするが、発案者のマレフィと部長のミリティアが票を投じた上で、ちびちびと水を飲むスペルビアは追従に決まっている。


「大物ですか……。確かに身体は鈍っていたので、悪くはないですね」

「でしょー?」


 どころかまさかの、スペルビアまで積極的に賛成票を投じた。

 ドミナは軌道修正を図ろうとしたものの、しかし止めるには遅きに失したということだ。


「周辺の地形をお聞かせ願えますか?」

「そんな畏まらなくてもいいって、私も大した出身じゃないんだしさー」

「よし、早速だが作戦目標を立てよう」


 この調子では今から諫めたところで聞くはずもなく、ようやくまとまりかけた雰囲気に水を差すのもよろしくはない。

 だから彼女は追加でやってきた酒に口をつけてから、優しく微笑むだけだ。


「あ、ディーちゃんもそれでいいかな?」

「いいですが、あまり危険なことはやめておきましょうね」

「分かってる分かってる。ちょっと龍をほふるだけだから」


 対龍の武装をしていけば、その他の大型種にも対応できるだろう。などと、ミリティアは嬉々として討伐計画を練り始めた。


 計画はどんどん具体性を帯びていくが、ドミナは何も言わなかった。


「では、テスト明けと同時に向かおう!」

「りょーかーい」

「承知しました」


 笑顔のまま店を出て、解散した瞬間に視線を一周させると――ドミナは路地裏に向かった。

 薄暗い路地に入るや否や、彼女は手を2回叩き、出頭の合図を送る。


「お呼びでしょうか、お嬢様」

「至急の任務です」


 隠密しながら護衛に就いていた家臣を呼び出した彼女は、手短に密命を下す。


「マレフィさんの調査ですが、詳細に調べた上で日程を早めてください」

「御意。他にはございますか?」

「そうですね、お父様に連絡を入れてほしいのですが」


 彼女は口頭で告げる。公爵家や友好関係がある家を総動員して、北部で合同軍事演習を行い、魔物を根絶やしにするようにと。


 それも期限は2ヵ月以内で――彼女たちが北部に向かう前に――騎士団が合同で事に当たり、特に大型の魔物は残らず撃滅してほしい旨を伝えた。


「畏まりました」

「よろしくお願いしますね」


 闇に溶け込む気配を見送ってから、彼女はきびすを返して、表通りに停めていた馬車に乗り込んだ。

 座席に深く腰掛けた彼女は、大きく溜め息を吐く。


「また始まった」


 騎士団を平気で壊滅させる化け物と、王女を戦わせるのは流石に無理だ。


 なんやかんやで完全勝利する予感はしているが、仮にミリティアが手傷を負おうと負うまいと関係ない。

 大物と接敵した段階で間違いなく、現地と中央の政治問題に発展する。


 だから彼女の中では事前に、人知れず間引きを決行することは確定事項だった。


「……まあ、いつものことですけどね。ああ、女王様にも連絡を入れておかないと」


 ドミナはくすりと笑うが、面倒ごとが増えたと思っている反面、それほど悪い気はしていない。


 これは、手がかかる子ほど可愛いという気持ちに似ているが、彼女からすると幼馴染の王女様は、世界で一番可愛かったからだ。


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