第16話 なんか似ている
マレフィの加入は学園の制度上、確定したものである。そう片づけた上で、本決定を保留したまま週末を迎えたミリティアは、ドミナを伴い実家に戻っていた。
彼女らは王宮に併設された図書館に籠ると、ハルバードとは何かという疑問を解決すべく、書物を漁る。
そして得られた結論は、これは確かに槍の一種であるということだ。
「
類似した多機能の武器はいくつかあるが、形状や用途によって呼ばれ方が若干異なる。
しかしいずれの品を指しても、ほぼ全てに「槍」という意味合いは含まれていた。
「つまりマレフィの武器は、斧がメインの斧槍に分類されるわけだが」
「大きく分けると槍ではありますね」
ミリティアが属するエクウェス王国では、歩兵に持たせる槍を改良していく過程で、斧と組み合わせた結果に生まれたという成り立ちだ。
要は斧の射程を伸ばし、使いやすく改良したと見るか。それとも威力を底上げするために、槍を進化させたと見るかだった。
「戦斧研究会ではあくまで、槍の派生武器と判断したようだな」
「確かにこれは、どちらにでも入れられそうなので……気持ち次第なところはあります」
困ったことに、ハルバードと似た武器はどの国、どの地域でも古来から伝わっているのだ。
そのため成立過程や、起源についても異説ばかりが載っている。
これを一概に槍や斧のグループ分けでは括れないため、つまりは武器の見た目から受けた印象を、受け手がどう判断するかが全てということだ。
「改めて見ると、こういう事例は意外と多いのか……むむ……」
異なる武器が融合することは多々あるが、例えば槍の柄に鎌のような横刃を付けると、戟という武器になる。
横刃が三日月の形になっているものを
パーツの位置や組み合わせを変えるだけで名称が変わり、槍やら斧やら、戟やら矛やらを行ったりきたりするのだから、ミリティアにはもう訳が分からなかった。
だから彼女は熟考の末に、全てを放り投げて断言する。
「よし、あれは槍だ。槍は全ての基本だ。だからベースが槍なら槍なんだ」
「投げやりな結論ですねぇ」
変わった形をしているからと、人が愛用している品に無用の疑いを掛けたこと。
今となっては、これは視野が狭かったとしか言いようがないと考えており、彼女は自らの不明を恥じていた。
「というかもう、本人が槍だと思っているならそれでいいと思えてきた。ハルバードも捉えようによっては、ビアちゃんの武器と似たようなものだろう?」
スペルビアの十字槍は鎌や薙刀としても使えるが、槍の左右にオマケの穂先が付いているだけなので、ミリティアの中では初見時から完全に槍という認識だ。
しかし分類していけば戟にも入りかねず、このボーダーラインが個人の主観によるものならば、彼女は槍≒十字槍≒ハルバードという図式を用いることに、違和感はない。
「あれは分かりやすく槍の姿ですが……いえ、まあそうですね。そうしましょう」
マレフィの武器を鑑みると、振り降ろして叩き切るための刃は斧の機能を持ち、背面の突起は鎌となる。
確かに追加の部位により攻撃手段は増えているが、基本が槍なら問題はなかった。
その姿勢に物申したいドミナではあるが、大人な彼女は深く掘り下げない方が無難と判断して、話をまとめる。
「ではマレフィさんも正式に入部ということで」
「ああ、これで4人の部員が揃ったわけだ」
創部当時は
無事に廃部を回避できる人数に到達したため、彼女らの顔には自然と笑みが浮かぶ。
「いやあ、やっぱり為せば成るな」
「道中は色々とありましたが、感慨深いものはありますね」
体制が整うまでに1ヵ月を要したが、今後は舞踏研究会との戦いのように、信頼と実績を積み上げるだけだ。
断絶しかけた槍術研究会を復活させたとなれば、騎士団入りの際にもアピールに使えると見て、将来を見据えたミリティアは熱意に燃えていた。
「とは言え温度差はあると思いますよ」
「そうかな。2人とも変態そうだし、案外上手くやれると思う」
「……なんて言い方ですか」
「どうだろう、あながち間違いはないはずだが」
ミリティアとて昨今の運用を見る限り、槍の性能がピーキーとは理解している。
そして彼女とドミナが使う得物は、基本に忠実な装備だ。
両手持ちの大身槍と、片手で槍を持ち、空いた手で盾を持つスタイルは、槍使いの中ではごく一般的なものと言えるだろう。
翻ってスペルビアと、マレフィの武器はどうか。
「まずビアちゃんの十字槍は、枝分かれした左右の刃にまで強化を広げるんだぞ。私にはそこまで精密で、繊細な制御は無理だ」
「出力の大小に差はありますが、私にもできませんね」
槍のような長物は、魔法込みだと特に扱いが難しい部類に入る。
それが世の常識であり、不人気の要因でもあった。
ただでさえ難しい武器を扱うというのに、更に難度の上がった十字槍を愛用しているスペルビアは、相当ニッチな趣味をしていると言える。
「右腕の肘あたりから、もう2本腕を伸ばして、4本腕で格闘するようなものだ」
「また例えがおかしいですが、それで?」
「そこまで難しい武器を好き好んで使っているのだから、やはり変態だよ」
槍の扱いに習熟している彼女たちでも、同じように動かすことはできない。見よう見まねで動いてみても、強化にムラができることは確実だ。
不人気武器をそこまでやり込むのだから、彼女も筋金入りである。という意見だった。
「……その発想はありませんでした」
「そうかな? よくよく考えれば普通に戦えるだけで、異常なほどの練度じゃないか」
技術力という面では卓越しており、スペルビアがそこに至るまでを考えれば、どれほどの修練を積んだのか想像できないほどだ。
しかもミリティアのように師を招くわけではなく、家庭内での訓練である。
時折り母から見てもらいながら、一人で黙々と自主練をした成果がこれならば、自分に負けず劣らず――たまらなく槍が好きなはず。という見立ては不自然でもなかった。
「マレフィ……の愛称はまだ思いつかないが、彼女も彼女で拘りが強そうだ」
「まあ、言わんとすることは分かります」
戦斧という武器の特性上、力任せにブン回すパワータイプの人間から好まれている。
頑健な魔物の皮膚や、敵国兵士の分厚い鎧ごと叩き潰せるのだから、一定の需要はあるのだ。
しかし彼女のハルバードに付いた穂先はそれほど太くないため、力任せに切り裂こうとしたり、強引に突き刺したりすれば簡単に折れる。
斧場の反対についた突起とて、鎌として使うなり敵の武具を引っ掛けるなりと活用するならば、それ相応の技術や技巧も必要となってくる。
「敢えて難しい武器を選んでいる変人たちだ。これを変態と言わずして何と言おう」
「私たちも、その範囲内なのですけどね……」
王道を行かず、自らのこだわりや信念を持って武器を選んでいるのだ。
強い拘り――言うなれば性癖――を貫いていることまで含めて、ミリティアからすると、槍術研究会の部員たちは全員変態という評価になる。
「まあ、今さらやめるくらいなら、この歳まで続けてはいないさ」
「スペルビアさんは、やめようとしていましたが?」
「そこは言わぬが華だろう。……それはさて置き、歓迎会を兼ねた打ち上げでもしようか」
スペルビアの入部時にも食事会をしていたが、今回はマレフィの加入に加えて、規定の部員が揃った記念でもある。
そのため、多少盛大にやろうかと笑うミリティアに対し、ドミナはじとっとした目を向けた。
「歓迎会の余興に、試合とかはなしですよ。まだ素性を調べていないのだから、調査結果が出るまでは慎重にいきませんと」
「それなら店のグレードを、少し上げるくらいに留めておこうか」
スペルビアとは面識があったことと、肉体言語のおかげで仲良くなれた。
しかしマレフィは完全に初対面だった上に、背景がよく分からないため、いきなり距離を詰めるのは考え物だ。
だからミリティアも、ゆっくりと関係を構築するのが吉と考えた。
「ここから先は、そう焦ることもないな」
「ええ、のんびりいきましょう」
逸るばかりでなく、地に足を着けて着実に前に進もう。
この方針に同意が得られたドミナは、ようやく手綱が握れたと見て一安心した。
しかし週明けになると、早速――
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