第15話 斧じゃないか



 新入部員来たる。その事実は、魔獣襲来の速報と同程度の衝撃で、ミリティアの脳裏に伝わった。


 彼女は目の前に座る桃色髪の小柄な女を、改めてまじまじと見てみるが、態度こそ軽薄なものの冗談を言っている節は見受けられない。


「名は?」

「マレフィですー」


 マレフィと名乗った女はひらひらと手を振って、にへらとした笑みを浮かべた。


 一見してギャルと不思議系の中間という存在なので、ミリティアの中には対応のマニュアルが存在していないタイプの人種だ。


 予想外の登場をしたことと、相手の性質から、ミリティアは未だに動揺してはいる。

 しかし不意に訪れた好機に、ただ固まっているような女ではない。


 戦場では判断の遅れが命取りなのだから、常在戦場の心構えを思い出しつつ、気を取り直した彼女は面接のような雰囲気で、重ねて聞く。


「では入部を希望した理由は?」

「んー、ちょっと違うかも」

「何がだ」

「入りたいのではなくて、もう入ったというか」


 興味を持った獲物をどう引き込むかと、戦略を立て始めたミリティアは、マレフィの発言の意図をすぐに理解できなかった。


 会話のテンポが多少なりずれているが、要するに彼女は入部を検討しているのではなく、既に学園への申請を済ませて、入部した後ということだ。


「……ええと、部長の許可とかは、要らないのだったか?」

「制度上はそうです」


 相変わらず抱え上げられたドミナの方を向いて尋ねると、答えは肯定だった。

 入部をするのに部員の許可や、承諾は必要ない。


 そのためマレフィは、ミリティアらが遠征中にすべての手続きを終わらせて、書類の上では既に槍術研究会の一員となっていた。


「ということで、廃部回避おめでとうございます?」

「ああ、いや、うん。それはめでたいんだが……ちょっと待っていてくれ」

「あーい」


 槍術研究会の3人からすると、ここまで軽いノリで話す人間は、人生で出会ったことがない部類だ。初対面ということもあり、まだ距離感を掴みかねている。


 むしろ唐突で都合のいいこの展開に、彼女たちは誰かの作為や、何らかの陰謀を疑い始めていた。


「どう思う。私は女王の座を狙う、姉上の派閥からの刺客とかいう線があると思う」


 ミリティアは三女なので、上には当然姉がいる。


 現時点でも女王が統治しているため、順当にいけば後継ぎは姉妹の誰かになるが、玉座を巡ればそれなりに、水面下での牽制はあった。


「わざわざ配下を入部させて、廃部の危機を救う意味が分かりませんが……騎士団に放逐すれば政治から離れるので、継承絡みと考えれば妥当な気もします」

「であればむしろ、敵対派閥こそ支援すべき場面かと」


 コネを使わずにヒラの騎士団員となれば、ミリティアが跡目争いに加わらないことは確定する。

 しかし男勝りというか、男よりも漢らしい彼女は女性を中心に人気があるのだ。


 いつまた気が変わり、政界を目指し始めるとも知れないので、脱落を確定させるために夢の後押しをするという路線は、不自然でもないように思えた。


 しかし流れてくる会話を拾ったマレフィは、手を叩きながらケラケラと笑った。


「あっ、あはは! 真っ先に考えつくのが刺客と謀略って、どれだけ人気ないんですかもう」

「うぐっ……い、いや、何事にも慎重さは必要なはずだ」


 普通であれば、まずは入部の動機と、人となりを知るための質問になるはずだが、蓋を開けてみれば検討されているのは、どこの勢力の回し者かという点だ。


「うーん……もしかして皆さん、嫌々所属してるとか?」

「何を言う、ここは名門だぞ名門」

「兵どもが夢の跡って感じなので、どっちかと言えば古豪のような」


 年初の段階では部員0であり、今となっても部員3人で活動していたのだから、確かにこれで名門は無理がある。

 痛いところを突かれたミリティアは、多少言葉に詰まりながらも話を続けた。


「か、かなり詩的かつ儚い表現ではあるが、問題はそこではないな」

「すっごい動揺してるのが面白……じゃない。何が問題ですか?」

「それは、そうだな……」


 実を言えば特に問題はない。自主的に入りたいと言ってきたのだから、拒む理由はどこにもないのだ。

 だからこそミリティアは原点に立ち返り、改めて聞く。


「好きな槍は?」


 槍術研究会に入りたいと申すなら、当然のこと槍の愛好家であるはずだ。

 本当に原点まで戻った彼女は、威風堂々たる顔つきで好みの槍を尋ねた。


「あの、ドミナ様……」

「……何も言わないでください」


 常識人枠の2人は物憂げな顔をしていたが、マレフィはどちらかと言えばミリティア寄りだ。


 さして気にすることもなく、部員たちが不在の間に持ち込み、壁に立て掛けていた自身の得物を指して言う。


「これですねぇ。やっぱりガツンとくるのが一番なので」

「ほう、これは……これは?」


 槍に一家言あるミリティアは、マレフィの愛用品を一瞥して、少し視線を外してから二度見した。


 先端部には細長く鋭い穂先が付いているが、これはいい。問題は側面に付いた極太の斧刃と、その反対側に反り立つ鈎爪かぎづめだ。


 シルエットだけを切り抜けば、槍ではなく斧に近い姿をしていた。


「ハルバードってやつです」

「斧じゃないか」

「それはポールアックスで、ハンマーがついているイメージのやつかもですね」


 もしも先端部の穂先が、ミリティアが使う大身槍ほどの大きさになっていれば、それなりに槍っぽくもあっただろう。

 しかし太めのレイピアという表現が似合いそうな形状だ。


 これでは槍がサブで、斧がメインではないか。


 この疑問に囚われたミリティアは、反応に困っていたが――武器を愛でる――マレフィの視線には愛着が感じられる。


「戦斧研究会、とかには?」

「あはは、歴史を紐解いたらこれは槍ってことで、たらい回しでした」


 ぺろっと舌を出しながらおどけるマレフィだが、ここまでくればミリティアには、何をどうしていいかが分からなかった。


「成り立ちの上では、そうか。いや、や、槍を差別するわけには……だがしかし、これでは槍が添え物で、斧が……」


 武器としては知っていたが、ハルバードという武器が何者かについて、深く考えたことはなかった。


 そのため彼女は迷う。これは槍にカウントしていいのか。もっと言えばマレフィの入部をこのまま認めていいのかと。


「あの、槍には入ると思いますし、少なくとも拒むことはないと思うのですが」

「ティアちゃんの中では色々と、面倒なこだわりがあるみたいなので……」


 ドミナとスペルビアからすると、理解しづらいところではある。


 しかしミリティアにとっては、己のアイデンティティに関わるほどの問題であるため、結論を出すまでに3分ほど唸っていた。


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