第14話 比べ物にならないほどの



「全く手応えがなかった。これでは逆にストレスが溜まるぞ」


 学園に戻ってきた彼女たちは、学生課を訪ねて課外活動の成果を報告した。しかし報酬を受け取る段になってもまだ、ミリティアは不機嫌なままでいる。


 よし初陣だと喜び勇んで出撃したはいいものの、強敵らしい強敵も現れず、ただ素振りをしていたのと同じような状態となったからだ。


「これも積み重ねですよ」

「研究会を維持する活動実績のためには、必要なことですね」


 ドミナとスペルビアはご機嫌斜めの姫を宥めにかかるが、効果は薄い。

 ミリティアは口を尖らせて拗ねていた。


「ちまちました戦いは性に合わないんだ。……ないのか、もっとこうグリフォンだとか、ドラゴンだとかの討伐依頼は」


 新入生獲得のためのポスター作りやら、活動許可を得るために提出する書類やらを用意するために、ここ最近のミリティアは苦手なデスクワークばかりをしてきた。


 彼女は今回の遠征で、多少なりとも日頃のさを晴らすつもりでいたのだ。


 しかし学生にお手伝いを頼む程度の依頼では、彼女を満足させられるはずがなく、終わってみれば却ってフラストレーションを増加させる結果となってしまった。


 不完全燃焼のまま終わったミリティアは、更なる強敵との死闘を求め始めたが――他2人は理性的にその考えを否定する。


「仮にグリフォンが飛来してきた時は、それこそ騎士団が出動する案件になりますね」

「ええ。学生向けでしたら、中級者用の依頼が主になりそうです」

「むむむ……」


 先ほどの例に挙がった強大な魔物であれば、ミリティアも激闘を楽しめるだろう。しかし仮に大型の魔物が人里近くに出現した場合は、騎士団か街の衛兵隊が対処する。


 そうした危機が訪れた時のために、戦闘のプロを常備兵として雇っているのだから、一介の学生である彼女たちにお鉢が回ってくることはあり得ないのだ。


 それでも諦めきれないミリティアは、誰に向けられたかも分からない譲歩案を口にした。


「メインは本職に譲るとしても、補助くらいなら任せてもらえないものだろうか」

「いえ……難しいのではないかと」

「特殊な訓練を受けた名家の子弟でもない限り、戦場にいるだけで蒸発しますから。許可を得るルートがありませんよ」


 ミリティアのように、幼少の頃から英才教育を受けている学生の方が少数派だ。


 学内の掲示板に貼られているボランティアの依頼で、討伐隊が組まれるような超高難度を要求してくるはずがない。


 彼女を満足させるような相手がいたとしても、それは一般的な学生が対応できる程度を遥かに超えているのだから、どう足掻いても現実的な案には落とし込めなかった。


 そしてスペルビアは、相も変わらず不満そうにしているミリティアの属性を考慮して、そもそもの点について触れる。


「学生は避難勧告の対象ですし、ミリティア様は真っ先に退避を促される立場では?」

「第三王女ですからね。もちろん戦線を離脱した精鋭から、護衛を受けつつ後方に下がることになると思います」


 その場で戦える人材がミリティアしか残ってないような、のっぴきならない事情があれば話は別だ。

 しかし基本的には、王女を殺し合いの最前線に立たせるはずがない。


「つまり、偶然に出会うしかないというわけか……」


 彼女の要望が満たされる瞬間があるとすれば、別件で遠出をした際に、大型の魔物と遭遇戦になった時くらいしか考えられなかった。


 だがこの点でも、学生と王女という、彼女が持つ身分が野望を邪魔をしている。


「ティアちゃんが戦いたがっているのは大型種ばかりですけど、出没情報が出た時点で多分、立ち入り禁止区域になりますよ」

「となれば課外活動中の我々が、第一発見者になるしかないわけだ」


 エリア封鎖の連絡と入れ違いに足を踏み入れるか、行軍中に標的を発見して、襲い掛かるかのいずれかであれば要望は叶う。


 逆に言えば猛者と戦える機会は、それくらいの偶然に頼らなければ巡ってこない環境にいた。


「ですが姫様が野外宿泊ばかりでは、いささか体裁が悪いかと」

「それは、まあ」

「となれば日帰りで行ける範囲で……と言いたいところですが、王都近郊の治安を考えると、まず大物が棲息していないのですよね」


 例えばオークのような、人間程度の大きさをした魔物は、大型の魔物が生息する地域には不用意に近づかない。

 一定の知性がある生物ならば、危険生物の縄張りに近づくはずがなかった。


 この点でいくと、武器や魔法を手に生存圏を広げている人類は、頭数さえ揃えばドラゴン並みの危険生物となる。


 強大な魔物ならば縄張り――人類の生存圏外――で独自の生態系を形成できるが、王都の近場にいる魔物は生存競争の結果流れてきたものが多く、細々と棲む小物に寄っていた。


「この状態で大物狙いとは、何とも可能性の低い話か」

「そうなります」


 華々しい初戦の戦果とは真反対の、暗い表情を浮かべたミリティアは、肩を落としながら報告の手続きを終えた。


 帰りがけに購買部に立ち寄り、祝勝会用の茶菓子は購入したが、ミリティアにとっては最早残念会の用意とすら思えているほどだ。


「はぁ……槍術研究会の鍵をお願いします」

「槍術研究会、ですか?」


 部室の鍵を受け取るために、部室棟入口にある守衛室に立ち寄ったが、がっくりと項垂れる姫を見た守衛は、多少驚きながらも端的に事実を告げる。


「部室の鍵は、貸出し済みとなっております」

「なに?」


 部員が全員揃っている上に、彼女たちは学園に帰還したばかりだ。

 ならば槍術研究会の部室が使用中とはどういうことかと、ミリティアは眉を寄せた。


「先に部室を開けてくれたのか?」

「いえ、私は違います」

「私もです。というよりも、3人で学生課に直行したではありませんか」


 つまりは部外者が槍術研究会の部員を名乗り、鍵を持ち出したことになる。


 怪訝けげんそうな表情をしていたミリティアだが、この状況から推測される事態を想定して――物騒な気配が漂ってきたと見て――徐々に笑顔になっていった。


「不届き者が、また現れたか」


 武闘派の研究会が相手であれば、オークよりはよほど手ごたえがある。


 舞踏研究会には初見殺しに近い戦法で勝利したが、正攻法であれば攻略のし甲斐もあるものだと、彼女は槍を担いだ。


「この際だ、人間で我慢しておくとしよう」


 果たし状を渡されればラブレターを添えて返信し、殴り込みならば即座に殴り返すくらいの意気込みで、ミリティアはずんずんと部室に向けて歩みを進める。


 しかし数秒遅れて、後方から急ぎ足で付いてくる2人の胸中に、言いしれない不安がもたげた。


「簡単に壊れてくれるなよ……とでも仰りそうな雰囲気があるのですが」

「まずいですね。今はこんな状態で真剣を持っていますから、普段よりも相当まずいです」


 ぬるい戦いが続いたことで、ミリティアは逆に暖まっている。

 今ならば命を懸けた殺し合いにも嬉々として赴きかねないため、彼女たちは強めに止めた。


「落ち着いてください、姫様!」

「ストップ! ティアちゃん、ステイ!」


 階段を上るミリティアは止まらないため、ドミナたちは腰にしがみ付いて止めたものの、それすらも何らの効力を生まなかった。


 両手でドミナとスペルビアを抱え上げたミリティアは、早歩きを維持したまま2階の部室に到着すると――足でドアを蹴破った。


「ウェールカーム」

「これはどうも、ご丁寧に」


 王女が犬歯をむき出しにするほど、口の端を釣り上げている様を見て、抱え上げられた2人は気が遠くなりかけていた。


 しかし待っていたのは、桃色の髪をした小柄な女性だ。


 少女と見紛うような容姿をした来客は、血生臭い決闘とは似つかない緩い雰囲気で、椅子に腰かけて呑気に紅茶を飲んでいた。


「私が槍術研究会の長、ミリティアだが、貴様は何者だ?」

「新入部員でーす」

「そうかそうか。では、たっぷりと可愛がってやろう」

「ぜひぜひ」


 王女に向けて両手でピースをしている女は、新入部員だと言う。


 しかしミリティアは完全に、道場破りを叩きのめしてやるマインドでいたため、言葉の意味を理解するまでに15秒ほどの時間が必要となった。


「……ん? 待て、今何と言った?」

「ぜひぜひ」

「その一つ前」

「新入部員でーす」


 見た目はローティーンだが、彼女は容貌が幼いだけであり、れっきとした学園の生徒だ。


 ミリティアは右手に持ったドミナと、左手に抱えたスペルビアの顔を交互に見て、一拍置いてから過去最大級の驚きを見せた。


「ば、ばかなっ! 入部希望者だと!?」


 不可解なほど人気が無かったため、もう自発的な新入部員は完全に諦めていた頃だ。この団体に自ら新規がやって来るなどと、今までのことを考えれば都合のいい幻想でしかない。


 つまりミリティアは今、通常ではおよそ発生し得ない異常事態に遭遇していた。


「ええ、どうも。よろしくお願いしゃーす」


 突然の出来事にミリティアの感情は揺れ動いたが、人が未知の存在や、超常的な現象と出会った時、本能的に抱く感情は喜びではない。


 滅亡寸前の槍術研究会に加わりたいという奇特な人材を前にして、ミリティアは先ほどまでの仮想敵にしていたグリフォンが、比べ物にならないほどの――恐怖と衝撃を受けていた。


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