第10話 理解らせてやる
「いやあ、いい気分だ。これで入部希望者も増えるだろうな」
卑劣な策略を正面から打ち破った上に、目論見通りの大勝利だ。部室で打ち上げをする面々の中でも、ミリティアは特に機嫌が良かった。
購買で買ってきた菓子をテーブルに並べているが、テンションと比例した大人買いをしたため、机に乗り切らないほどの量になっている。
「そう、上手く転がればいいんですけどね……」
「まあまあ、今日は喜びましょう」
ドミナとスペルビアも、負けたら終わりの試合を勝ち抜けて、ほっとしているところはある。
スペルビアについてはブランクもあったため、これで一安心というところだ。
「この調子で新戦力を確保していきたいな」
「賛成です。いつまた、こんな勝負を仕掛けられるか分からないですし」
今回は力押しで解決できたが、人がいなければ対応できない類の勝負はある。今後も似たような厄介ごとが来ることを考えても、人を増やしたいのは当然のことだった。
だがミリティアは、今は細かいことはいいだろうと菓子を摘まむ。
「ともあれ槍術研究会が健在であることは、十分にアピールできたじゃないか」
「まあ、そうですね」
「ここは一つ、景気よくいきたいな、うん」
災い転じて福となす。その認識でいるミリティアはとにかく上機嫌であり、そのうちお酒が欲しくなってきた。
エクウェス王国では真水よりもワインの方が入手しやすいとあり、飲酒は15歳から許可される。
この点で彼女たちは全員17歳なので、とっくに適法の年齢を迎えていた。
騎士になれば付き合い酒も増えるだろうと、飲酒の許可が出てからは積極的に飲んできたミリティアだが――何が言いたいかを察したドミナは、即座に却下した。
「部室棟で飲酒は、モラルを疑われますよ」
「なら寮で飲まないか? とっておきを開けようと思うんだ」
ミリティアは王宮を離れて学生寮に入っているものの、そこは王族らしくVIP用の一人部屋だ。
多少騒いでも問題ないだろうと提案したが、これもドミナは却下する。
「寮で乱痴気騒ぎをしていたら、今度は評判に関わりますね」
「防音は完璧なんだが……まあいい」
酔って粗相をしないとも限らないので、なるべく人目につかないプライベート空間がいいだろう。
そう考えたミリティアは、代案を出した。
「であれば週末に、王宮の私室か、御用達のレストランにでもどうだろう」
「それならまあ」
「私も構いませんが、店の方が楽でいいですね」
スペルビアとしては、気軽に王宮まで立ち入れる身分ではないため、市街地で打ち上げをする方が好ましい。
その辺りも汲み、週末に改めて祝勝会をすると決めて、彼女らは解散した。
ドミナとスペルビアは実家から通っているため、途中で別れたミリティアは一人で寮に帰る。
放課後に試合をして、軽めのお菓子パーティーをしてからの解散なので、彼女が自室についた頃には完全に日が沈んでいた。
「やー、今日はいい日だった」
3LDKの広々とした自室に入るなり、彼女は上着を脱ぎ捨てて、備え付けの風呂に入った。
これは魔法が使える者であれば、誰でも起動できる魔道具だ。
ミリティアは汗を流して髪を乾かし、湯上りにガウンを着てから舌なめずりをする。
「さっぱりしたところで、さて……」
彼女は誰が見ていることもないと、多少だらしない格好のまま、物置にしている部屋に入った。
快適に生活するためにある程度の模様替えは認められているが、彼女は大型の保冷魔道具を持ち込み、ちょっとした酒屋のようなスペースを作っている。
「前祝いじゃないが、一足先に失礼させてもらおうか」
それなりの銘柄が揃ったワインの中から、気分に合ったものを選んで彼女は笑う。
何かの記念に飲もうと思っていたうちの一本を空けると、彼女はリビングの一人がけソファーに深々と腰かけて、リラックスタイムに入った。
「あ、摘まみを用意しておけば良かった。けどまあ、後でいいや」
余韻に浸りながら楽しんでいたところ、不意に――玄関先で物音がしていることに気づく。
鍵は掛けておいたので、開いたとすれば、それは開けられたということだ。
「……気配を殺しているようだが、素人だな」
彼女はグラスをテーブルに置くと、立ち上がり玄関に向かう。
そして薄暗い部屋に侵入してきた女性と鉢合わせになったが、ミリティアは冷静に対処した。
「……っ!」
「おっと。アーシャ嬢じゃないか」
先ほど打ちのめした舞踏研究会の部長が、飾り布を外して、やや質素な服装になって部屋に侵入してきた。
すぐに闇討ちだと察したミリティアは、繰り出された拳を掴んで捻り上げる。
「お礼参りというやつか。ご苦労なことだ」
「……ぐっ! こ、この……」
馬鹿力で壁に押さえつけているため、くぐもった苦悶の声が漏れた。
しかしこれも予想できた展開の一つなので、ミリティアは確認を入れる。
「絶対的に有利な勝負を仕掛けて、無傷で完封されたのだから……手傷の一つも付けておこうと思った。とか、そんなところかな?」
アーシャは無言のままでいるため、ミリティアはこの考えが正解に近いと判断した。
殺すつもりは無かっただろうが、このまま帰すわけにもいかない。しかし警備に引き渡しても悪目立ちするため、どうしたものかと彼女は思案する。
「要するに私を傷物にして、お嫁にいけない身体にしようとしたわけだろう? であれば、そうだな」
相手が物理攻撃でくるのなら、精神攻撃をメインに対抗しよう。
そう決めたミリティアの行動は早かった。
「あ、あはっ! ちょ、ちょっと! 何するのよ!」
「拷問の一種だな。古代では動けなくした人間を、羽でくすぐる手法があったそうだぞ」
薄着のアーシャを右手で押さえつけつつ、左脇をくすぐりながら、ミリティアは妖しく微笑む。
何事も無かったことにするには、相手が口外できない状況にするのが一番だと思いながら、彼女は言う。
「次は正々堂々と来いと言ったばかりなのに、舌の根も乾かぬうちにこれだ。これは少しばかり、立場を
「えっ、な、何を……」
アーシャは暗殺者と見紛うような格好であり、実際に闇討ちに来ているため、最初は隠密を心掛けていた。
くすぐりを我慢できずに、笑い声を上げるようになったが――しかし実際のところは、どれだけ物音を立てても問題はない。
「この部屋の防音は完璧だからな。徹底的に
「あはっ、ちょ、やめ、あははは!」
身体能力と筋力がずば抜けているため、言ってしまえば、素手同士でミリティアに勝つ方が難度は高い。
しかもベースが魔法使いのため、拘束の魔法まで使えるのだ。
今度は彼女が完全に優位な状態で、一方的な第2ラウンドが始まった。
◇
「まったく、浮かれすぎですね」
朝一の講義をミリティアと共に受ける予定だったドミナは、相棒が朝から授業をサボったので、一人寂しく受講することになった。
そのため彼女は、不満気な顔をしながら学生寮に向かっている。
「まあ、目標に向けて一歩進んだから、嬉しいのは分かりますけど」
祝杯を挙げて泥酔し、そのまま朝寝坊コースだとドミナは考えている。
大方、深酒が過ぎたのだろうという考察だ。
きっちり叱った上で、3限から出席させようとしている彼女は、ミリティアの部屋の目前でアーシャとすれ違った。
「ああ、あなたは」
「あっ、い、いや、もうしないからぁ!」
要領を得ないことを言いながら、足早に逃げていく女を見送って、ドミナはふと考える。
出てきた情報は、薄着の女、真っ赤な顔、這う這うの体で立ち去っていく姿、恐らくは恥辱の感情を抱いている、といったところだ。
小国の部族長の娘が、VIPたちの部屋に居を構えているはずもない。となれば彼女はこの先に用があったということだ。
そして今、彼女と最も因縁を抱えている女性がこの先に住んでいる。
昨晩にあり得た展開を全て計算していき、ドミナはすぐに色々と察した。
「ティアちゃーん、入りますよー」
「あーい」
軽く挨拶をしながら部屋に入ると、ガウンを完全にはだけさせて、あられもない格好をしている家主が、ソファーで悠々と水を飲んでいた。
気の抜けた返事をするミリティアは満足そうだが、つかつかと歩いて目前に立ち、腰に手を当てたドミナは不穏な空気を発している。
半分寝ぼけていたミリティアも、嫌な予感で目が覚めたほどだ。
「ゆうべはお楽しみだったみたいですねぇ」
「え? い、いや、そんなことは、はは」
ミリティアの目が泳いでいるところを見て、ドミナは深いため息を吐いた。
しかしこういうことは徹底しているため、念のために彼女は聞く。
「で、首尾は?」
「素直になってくれれば、彼女も可愛い子猫ちゃんよ」
「……そうですか」
完全に手懐けたということだろう。そう理解して、ドミナは拳を鳴らした。
更に不穏な気配を感じたミリティアは、ソファーから動けずにおろおろするばかりだ。
「でも寮で問題行動をしないようにと、言いましたよね?」
「あはは、だ、だから私闘で問題が起きないように、こう、なるべく穏便な方法をだな」
言い訳をするミリティアの前に仁王立ちしたドミナは、圧を出しながら聞く。
「でも楽しんだんですよね?」
「……うん」
「一国の姫としても、研究会の会長としても軽率が過ぎます」
ミリティアは素直に返事をしたものの、今回の件では最初から最後まで軽率だった。
夢の実現に向けた第一歩を踏み出し、夢の一人暮らしも始めて、お姫様は舞い上がっている。今後もこの調子なら先が思いやられるので、ここらでお灸を据えておこうか。
そんな考えを浮かべたドミナは、ソファーの両脇に手を着いてお仕置きの宣言をする。
「自分の立場を一度、しっかりと理解してもらいましょう」
「あ、ちょ、待っ……」
防音が完璧のため、彼女の叫びが外に漏れることはない。
十数分前とは立場が逆になり、ミリティアはこってりと絞られることになった。
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