第9話 槍の扱いだけが槍術ではない
闘技場の中央に歩みを進めたミリティアは、舞踏研究会の中堅――実質的に大将の――アーシャと向き合った。
彼女は部長らしく王道を行き、剣舞を取り入れた武術を使うが、装備品は細身の片刃剣だ。刀身の半ばから先端にかけて湾曲していく、一般的にシミターと呼ばれる形状の曲刀を装備していた。
技の発生や出所が読みにくい、オレンジ色を基調にした踊り子の衣装をひらひらと揺らしながら、彼女は悠々と歩みを進めてきた。
「まさか本当に2勝するなんてね」
「驚くことでもないさ。こちらとしては規定路線なのだから」
対峙したミリティアの得物は大身槍だが、多少大型でも槍の基本に忠実な武器だ。
防御に特化したドミナや、特殊な形状の得物で初見殺しを狙えるスペルビアと比べれば、ごく普通に剣対槍の戦いが成立する武器となる。
普遍的な対戦という面に加えて、ミリティアは舞踏を用いる相手を想定した訓練をしていないと見て、アーシャは己に利があると判断していた。
「悪いけど、ここで終わらせてあげるわ」
「御託はいい。始めよう」
アーシャが半身になって緩やかに曲刀を構えると、応えるようにミリティアも、槍を下段に構えて前傾姿勢を取る。
リーチを活かして削る戦い方ではなく、技巧で翻弄するでもなく、純粋な力で対処すると一目で分かる姿勢だ。
ステップでの間合い管理と、受け流しからのカウンターが基本となる剣舞からすれば、槍術研究会側の出場選手で最も与しやすいとも言えた。
「始め!」
開始の合図と共に軽く距離を詰めながら、アーシャは試合のプランを組み立てる。
ミリティアが攻め込んでくるのであれば、本命が突きで、次点が横殴りだ。いずれにせよ軌道が読みやすい攻撃のため、まずは受けに回り様子見をしてから、反撃を狙うことにした。
対するミリティアは力強く地を蹴り、全身の力と勢いを乗せたランスチャージを仕掛けるが、速度は尋常ではない。
何せ彼女は、王家に代々受け継がれた恵まれた血統がもたらす、常人からかけ離れた魔力の総量と――圧倒的な出力を持つ女だ。
魔法による武器の強化は禁止と言えど、使用者本人の強化は認められているため、それを十全に活かすことで、大身槍をペン回しできる強度にまで身体機能を向上させていた。
「半ば反則だが、身体強化は認められているからな。合法ではあるが」
金属製のハーフプレートを着こんだ人間が高速で突っ込んでくるのだから、槍での攻撃どころか体当たりですら脅威となる。
万が一のことを考えて、突っ込む直前に彼女は念押しした。
「死んでも、恨んでくれるなよ」
アーシャの胸元に狙いを定めたミリティアは、彗星の如く直進した。
間合いの差があるのだから、守った方が得とは知りつつも、彼女が選ぶ道は前進あるのみだ。
「何の
槍兵の突撃など、穂先を躱して潜り込めば終わりだ。
そんなアーシャの考えは一瞬で霧消した。
ミリティアのチャージは超速かつ、高威力かつ、力のベクトルが前方の一点にのみ集中した一撃だ。迷いなく串刺しにきているため、模擬戦用の武器であっても、まともに防御すれば命に係わる。
防御に成功してもなお、致命となり得る一撃。文字通りに必殺の刃が、開幕早々から自身に迫ってきているのだ。
様子見をしている暇など無いと見て、アーシャはすぐに構えを取った。
「なら、これでどう!」
速度の分だけ入りを合わせる難度は上がるが、それでも軌道は直線だ。真面目に鍛錬を積んできた舞闘研究会の長であれば、捌けるコースではある。
そのためアーシャは、ミリティアの上体が泳ぐほど強く、槍の横腹を打撃した――はずだった。
少なくとも本人は、槍を手放さなければ転倒するほどの衝撃を加えたつもりだ。
しかし槍の穂先を剣で強打しても、槍の軌道が数センチずれた程度であり、ミリティアの態勢は
弾けた距離は想像よりも遥かに短く、むしろ反動によってアーシャがたたらを踏んでいる。
また、武器を合わせての防御に失敗したと見たアーシャは、上体を捻りながら左方に倒れ込むことで攻撃を回避したが、肉厚で幅広の穂先が脇を掠めて手傷を負った。
防御か回避があと1センチ分足りなければ、試合が終わっているところだ。
「くっ……だったら次の――」
「どこを見ている」
回避行動を取って道を譲った形になるため、ミリティアは当然のこと、アーシャの後方に通り抜けていく。
身体が地面と水平になるほどの前傾姿勢で仕掛けたのだから、アーシャの中では態勢が整わない姫に追い打ちを仕掛けるか、態勢を立て直した姫を再度迎撃するかの、二択になると思っていた。
しかしこれも、彼女が思い描いた未来予想からは大きく外れる。
ミリティアはアーシャの横を通り過ぎてからすぐに、舞踏のターンでも踏むかの如く、右足のつま先で半回転した。
「せいやッ!!」
急制動からの反転、態勢を立て直して再加速という手順を飛ばし、接地しながらの反転、加速という2工程での反撃開始だ。
アーシャの立ち位置は防御姿勢から予想できるため、ミリティアが再度槍を上げて攻撃態勢を取る前から、照準は合っている。
要するにミリティアは力業によって、攻撃を外した瞬間から次の手の準備に入り、襲撃の備えを始めていたということだ。
「それなら、もう一度!」
態勢が不十分な相手に追い打ちするどころか、まだアーシャの態勢が戻っていない。不意を打たれた彼女は形勢不利を悟ったが、しかし一合目の感触から、やるべきことは見えている。
上策は槍を手放させるほど強く、外側に弾くこと。
中策は槍を受け流しながら、こちらも踏み込んで接近戦に持ち込むこと。
下策は回避を続けて、隙を伺うことだ。
「次で仕留める!」
交差の直前に、彼女が選んだのは中策だ。曲刀を添えて槍の柄を滑らせるだけならば、槍の側面を叩いて退けるよりも省力で済む。
突進の威力が想像の遥か上にあったため、先ほどより強く合わせても、滑らせるのに丁度いい力加減になると彼女は推測した。
「これで、終わり――」
しかし迎撃の刹那、アーシャは違和感に戦慄する。
得体の知れない危機感の正体が分かったのは、技のモーションに入った瞬間だ。
「同じ攻撃だと思ったか?」
ミリティアの上体が先ほどよりも起き上がっており、身体の動きも突きのものではない。刺突とは全く違う技が飛んでくることは、アーシャにも分かった。
だが彼女は既に中段の突きを受け流しながら、懐に潜り込む予備動作に入っているため、回避行動は取れなかった。
柄による殴打に備えて、剣の角度を変えながら身構えたが――しかしその選択肢も外れている。
高速の上下運動により、瞬間、ミリティアの姿がアーシャの視界から掻き消えた。
「えっ!?」
ミリティアはアーシャの足元から、1メートルちょうどの間合いに穂先を突き刺して、棒高跳びの如く宙を舞っていた。
槍を持つ両手を起点にして前方宙返りをすると、勢いのまま右足を伸ばして、ギロチンと見紛うような
「とうっ!」
「ぐっ……はぁ!?」
上段からの奇襲は綺麗に通り、ミリティアの踵がアーシャの肩にめり込んだ。
棒高跳びよろしく飛び上がることで、アーシャが懐に潜り込むタイミングをずらしながら、反撃を狙って体勢を低くした彼女に、逆撃のフットスタンプを仕掛けたような格好だ。
アーシャの身体は押さえつけられたバネのように縮まり、伸び上がることなく後方に倒れ込むが、不意の一撃による衝撃が意識を刈り取っており、立ち上がる気配は無かった。
「槍のことを、小回りが利かない愚鈍な武器だと思っているからそうなる」
メイン武器が槍であろうと、近距離戦や乱戦に持ち込まれれば組み打ちを仕掛けることもあり、小刀を使うことがあれば、剣などの予備武器に切り替えることもあるのだ。
――槍術研究会の部長は槍に拘っている。
アーシャがその前情報から、意識の大半を槍の挙動に割いていると見て、ミリティアは派手な体術での決着を試合前からプランニングしていた。
「剣と踊り……体術の組み合わせで戦っている君なら、槍と体術の組み合わせにも気づけたはずなんだが。敗因は明確だな」
試合開始直後。槍の威力に気を取られた敵に、槍を使わない攻撃を仕掛ける。これも戦いにおける駆け引きの一つだ。
しかし今回はそれ以前の問題だったと、ミリティアは去り際に、気絶したアーシャに向けて呟く。
「対戦相手の調査もせず、対策も練らず、一般論で括って片付けたこと。つまりは揃いも揃って、
いくら槍を好むからと、槍の特性に頼っていれば限界を狭めてしまう。そんなことはミリティアも先刻承知の上だ。
足運びや蹴り、接近時の切り替えしや肘打ちなどの、全てを使う。それらの武芸を総じて槍術と言うのだから、彼女はこの勝利に胸を張った。
「再戦ならいつでも受け付けよう。正々堂々と
ドミナの試合で熱が引き、スペルビアの試合で一部の観客が引いていたので、自分はもう少し接戦に持ち込み、演武に興じても良かったかもしれない。
そんな考えもミリティアの中に
初見殺しの奥の手で敗北する可能性もあるのだから、それこそ慢心だと
「何はともあれ、これで3-0だ。我らの勝利だな」
残りの2試合は不戦敗だが、ここで試合が終わるため3戦3勝という結果のみが残る。
完全勝利を収めた槍術研究会は、大歓声とまではいかないものの、幾らかの賞賛を背にして会場を後にした。
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