第8話 鉄壁の城塞
舞踏研究会の先鋒、褐色肌が眩しいシュアンが扱う得物は
親骨と中骨が金属で造られた扇であり、扇面には白いシルクが張られている、40センチほどの長さを持つ扇を戦いに用いている。
これは相手の武器を払い、叩き落とし、打撃を加えるための武器であり、体術に組み合わせた回避と受け流しが主となる装備だ。
比較的軽量な武器に合わせて、防具も動きを阻害しない、皮製の軽鎧が採用されていた。
「参ります!」
「ええ、いつでもどうぞ」
舞踏のステップで相手を翻弄し、右手の鉄扇で突きを
女性の鉄扇術では特に、柔よく剛を制す戦い方になるため、フットワークと柔軟性を併せ持つシュアンの武器は、槍の懐に潜り込むには最適な装備と目されていた。
しかし威勢のいい掛け声とは裏腹に、彼女は初期位置の近くでゆらゆらと足踏みをして、様子見するしかないのが現状だ。
「どうしました? 来ないのですか?」
泰山の如く構えるドミナには、隙が見当たらない。というよりも、普通の槍士にとっての弱点である、至近距離の戦いに持ち込むことが困難になる装備をしていた。
彼女が持つ得物は、全長1メートルを少し超えた程度の、ごく短いショートランスと――半身が隠れるほどの大きさをした円形の盾だ。
鎧も重層鎧であり、見た目からして防御力一点特化の装備となるが、要はファランクスを構成する兵の装備から、槍を短くして盾を大型化させたような武具だ。
守りに主体を置いたドミナが挑発すると、シュアンは小手調べに仕掛けた。
「言われなくとも、先手はいただくわ」
「そうですか……えいっ」
「――この程度!」
ドミナが放った牽制の刺突は、扇で弾かれた。
しかし武器が短い分、弾き返されても体勢は崩れない。
片手持ちにしているとは言え、通常の槍よりも軽い分だけ隙が小さいのだ。
シュアンも果敢に仕掛けてはいくが、ドミナは盾で身を守りながら、チクチクと削るような攻撃を繰り返す。
必殺の一撃を繰り出すことはなく、ドミナはただ淡々と、戦力を削るように手足を突き続けた。
「それなら一気に行くしかないわね」
リーチの差があるため、立ち回りは完全にドミナが優位。小手調べを続けても、手傷が増えて機動力が落ちるだけだ。
攻めあぐねたシュアンは身を低くすると、
「もらった!」
再度突き出された槍の側面を、火花を散らしながら金属製の扇が滑る。シュアンはドミナに肉薄するが、通常であれば槍を躱した時点で勝利が見えるところだ。
しかし彼女の視界に広がったものは――迫り来る大盾だった。
「だめでーす」
「ぐあっ!?」
突き出した槍を引くと同時に一歩下がったドミナは、カウンターのシールドバッシュで打撃を与えつつ、一定の距離を維持した。
シュアンは瞬発の分だけスタミナを消費した挙句、一発殴られて定位置に戻される。
天秤がごく僅かに、ドミナ側に傾いて仕掛けが終了した。
「それなら、横からはどう!?」
「まあ、そうなりますよねぇ」
装備の重量がある分、小回りは利かないだろう。そう目してステップ主体に切り替えたシュアンだが、その攻略法はドミナも想定済みだ。
ドミナは一切色気を出さず、相手がどのような動きをしようとも、その場から動かない。
敢えて隙を晒そうと、自分が有利な体勢になろうと、ただ小刻みに牽制を続けた。
「こ、小賢しいのよ!」
「こういう武器なもので」
ピボットターンのように、軸足を起点にして向きを変えるだけだ。前にも後ろにも微動だにせず、待ち構える方針を崩すことはなかった。
ドミナがノーダメージのまま、シュアンはじりじりと、体力を溶かし続ける。
その様を見たベンチのミリティアは、苦笑しながら零した。
「一般的に言われる、槍との相性で選抜したのだろうが……ドミナは最悪の相手だぞ」
「そのようですね」
鉄壁の守備を破るには、足を止めて打ち合うのが最適解だ。しかし軽装備では力押しができないため、技術で押すことになる。
この点ではそもそも、ドミナが組み付きの拒否に長けており、武器の攻撃範囲も違い過ぎることから、技を繰り出す以前の問題だった。
「防備の硬い城塞に、雑兵を
舞踏研究会側にとってみれば、槍の得意な遠距離から中距離を抜けた先に勝機がある。接近戦から至近距離戦が主戦場だ。
しかし近距離戦に強いドミナを相手にすると話が変わり、一般的な重戦士と軽戦士の戦いになる。
打ち合いの強さや硬さ、威力などの項目では軒並み重装備に軍配が上がるため、本来ならば有利なはずの距離でも不利を強いられるのだ。
掴み技や投げ技を仕掛けようにも、手足や首などは盾の向こう側となり、一切露出していないのだから仕掛けようがなかった。
「流しても削られ続けるだけとなれば、いよいよ掴み技しかありませんが……」
「あの盾は手足のように動くし、距離調節はドミナの得意とするところだ。まず無理だろうな」
鉄扇という武器は、立ち回りのしやすさと対応力に特化した武器と言える。
正面から突き崩すような選択は取れないため、目ぼしい選択肢は素手で槍を掴み取るか、盾を躱して組み技に移行するかのどちらかだ。
だがドミナは堅実に立ち回りながら、全ての攻撃を拒絶した。
シュアンは手札を順番に並べていくが、踊りによる幻惑にも釣られず、軽快な足運びも無視されて、打つ手がないまま時が流れる。
「何故でしょう。ドミナ様が一方的に寄せられているはずなのに、相手が
「あれほど
呼ぶと怒られるので使っていないが、ミリティアからドミナへの評価は
向かい合ってこれほど疲れる相手も珍しいと、彼女はむしろシュアンに同情した。
「ど、どうすればいいの……これ」
徐々に戦意まで削られていくシュアンは、集中を欠くようになった。
しかしドミナは冷静だ。試合終了の合図が響くまで、一時も気を緩めることはない。
「足元がお留守ですよ」
「あぐっ!?」
試合開始から5分ほど経った頃、回避に失敗したシュアンが右足を負傷したことで、学園が用意した審判によってドミナの勝利が宣言された。
しかし彼女は、それでも気を抜かない。
構えを解いたのは、対戦相手が部員の肩を借りて、ベンチに歩き始めてからだ。
「……徹底していますね」
「だろう? あれで体力もあるし、手強いんだ」
何事も無かったかのようにベンチに戻ってきたドミナを迎え入れて、ミリティアは笑みを見せる。
肩を叩きながら、上機嫌で彼女は言った。
「お疲れ様。これで我々の1勝だな」
「まるで手応えがありませんでしたね」
「まあまあ、順調に勝てたからいいじゃないか。……とは言え、ギャラリーは退屈しているな」
名を売ることが目標なのだから、圧倒的な完封勝利も悪くない。
しかし観衆からすると、持久戦術は見ていてつまらないのだ。
そのためミリティアは、続くスペルビアの戦い方に指示を出した。
「見ている全員が納得するくらいに、圧倒してくれ。速攻で勝負を決めるんだ」
「心得ました」
続く舞踏研究会の次鋒はダオという長身の女性だが、得物は
これも舞踏と相性が良く、不規則な足運びや打撃と組み合わせれば、変幻自在の武器となる。
守りの面にも長けており、不用意に槍を突き出せば両手の輪で挟み込まれて、捻り上げられた上で武装解除を食らうことは間違いない。
要は直線的な攻撃に強い、一般的な槍には有効な武器だが――スペルビアの愛用品は十字槍だ。
「さあ、行くわ……」
「遅いッ!」
「えっ、ちょ、わっ!?」
試合開始と同時に距離を詰めて、戦輪を振るおうとしたダオに対して、スペルビアも前に出ると――回転を加えながら槍を突き出した。
右手に照準を合わせたスペルビアは戦輪の端を狙い、フォークでパスタを絡めるが如く、十字の槍で引っ掛けた戦輪を宙に巻き上げる。
「隙ありッ!!」
「ちょ、ちょっと待って……! あだっ!?」
突然のことで
彼女は身体ごと槍を半回転させると、ダオの左手を
「私の勝ちだな」
「え、あれぇ……?」
手の甲を強打されたダオは戦輪を手放して、呆気に取られたところに槍の切っ先が付きつけられたが、試合時間は5秒もなかった。
選手本人にも観客にも、何が起きたかはよく分かっていない。
しかし劇的な勝利とあって、一拍置いて観衆からの拍手が起きた。
「任務完了しました」
あっさりとした試合を後にして、毎日の事務作業を終えたかのように、感情にプラスもマイナスも無い状態のスペルビアはベンチに帰ってきた。
「……君を仲間にして良かったよ」
「……容赦ないですね」
「まあ、何はともあれリーチだな。さて終わらせるとするか」
相手の身分や名誉を考慮せず、瞬殺したのだ。
これまた敵方に同情しながら、ミリティアは前に出る。
「頑張ってー」
「応援しています」
「ああ、任せてくれ」
不戦敗の分を勘定に入れると、現時点で2勝2敗だ。
しかし全戦全勝であることは間違いない。
完全なる勝利を求めた
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