第7話 リスクマッチ
「時間だ。行くとしよう」
翌週月曜の放課後、ミリティアはドミナとスペルビアを伴い武道館に向かった。
彼女らは各々の得物を手にして、人が行き交う廊下を闊歩する。
「いつもより注目されていますね」
「まあ、長物を持った3人が歩けば当然だろう」
「姫様。それだけではないと思います」
勝算ありと見た舞踏研究会側は、この催しを宣伝して観衆を集めている。
不戦敗での辱めを期待した一部の学生や、単純に興味本位で物見遊山に来る学生など、観戦の動機は様々だ。
しかし話はそれなりに広まっているため、会場に向かう段階から既に注目されていた。
「まあ、台本まで用意したんだ。勝負となればこちらのものさ」
「考えたのは私ですけどね」
部室棟から武道館までは徒歩5分ほどだ。
交流戦開始の予定時刻30分前に、何の問題もなく彼女らは会場についた。
ミリティアとスペルビアが模擬戦をした場所とは違い、こちらは演武などで使用されるため地面が土であり、コロシアムのような観客席に囲まれた場所となる。
「あら、来ないかと思ったのに」
「不戦敗を期待するとは、浅ましいな」
舞踏研究会一同15人も既に集合しているが、既に勝利したような顔をしている者が大半だった。
直前で一人加えたとは言え、急拵えの急造チームだ。元から2勝が保証された戦いとなっていることもあり、出場者でない外野は特に士気が緩んでいた。
「嫌な顔だな」
「そうですねぇ」
「不敬極まりないですね」
にやにやと、公開処刑される罪人を前にしたような顔を向けてくるのだ。
この点ではアーシャら舞踏研究会の全員が、外国人留学生であることも大きかった。
王国舞踏研究会という、ミリティアたちの母国であるエクウェス王国の人間が多く所属している団体が別にあるのだ。
外国文化に触れたい南方の名家出身であれば、縁繋ぎに入ることもあるが、今は誰も母国の人間がいなかった。
周辺国の子女は皆、何かの目的を持ち大国に留学しているのだから、アーシャの提案は彼女個人が望むものではなく、部としての方針なのだろうと理解して、ミリティアは前に出る。
「さて、オーダーの提出を頼もうか」
「これよ」
出場者の名前と使用武器、出場順が書かれたリストが、部長同士の間でやり取りされた。
槍術研究会側の名簿に3人しか載っていないと見て、アーシャは口の端を歪める。
「やっぱり無理だったのねぇ」
「何がだ?」
「部員集めよ、部員集め」
王女の権力を利用しても、5対5の戦いにならないのか。
聞えよがしに煽ると、外野の一部から失笑の声が漏れた。
しかしミリティアは、何を気にすることもなく返答する。
「命じれば集まっただろう。だがこの勝負のために、わざわざ集める必要がないからな」
「必要ない?」
「ああ、そうだろう?」
余裕の態度を維持したまま、ミリティアはドミナが用意したセリフを言う。
いっそ不遜な仕草で、彼女は観衆に向けても宣言した。
「こちらの3勝が確定しているのに、これ以上集める理由がどこにある」
全勝すれば、3人でも勝てる。
戦力は十分なので、これ以上は過剰だと断言した。
次いでミリティアは、華やかな笑みを浮かべて言う。
「教えてやろう。対人戦最強の装備が、槍であることを」
対魔物であれば考察の余地はあるが、対人間を想定した武具の中で、最も強いものは槍だ。
魔法を抜きにして、純粋に武芸の腕を比べるならば、負ける道理が無い。
槍という武器は、人間同士の戦いに於いて最強。その考えが揺るぎなく根底にあるため、彼女は一分の不安も抱えてはいなかった。
「もちろん勝たせてもらう。だが、そちらこそ、状況を理解しているのか?」
「どういう意味か、お聞かせ願えるかしら?」
弱小研究会に所属する大国の姫を、有利な立場からやり込める。
それが狙いの勝負であり、主導権は常に舞踏研究会側にあった。
しかしミリティアはお返しとばかりに、この試合はリスクマッチであることを告げる。
「5対3の勝負で負けたとしたら。名誉とやらは、いたく傷つくだろうな」
「……へぇ」
弱いものいじめを狙った結果、返り討ちにあって惨敗した。
その結果が出れば、評判がどうなるかなど考えるまでもない。
そもそも一方的に仕掛けられた喧嘩であり、不利な内容の勝負だ。半ば見世物にされているため、アウェイでの試合でもある。
ならばそちらも、それなりに賭けるものがある試合だということを自覚してもらおう。
この宣言によって観衆の見方を少し変えると共に、揺さぶりを掛ける作戦だ。
更に言えば、敢えて部員を増やさずに、不利な条件で勝利を収めたという加点要素。それがドミナの狙う着地点だ。
多少評判が上がったところで意味は無いため、劇的な勝利という点に重点を置いていた。
「なるほどね。確かに負けた時のことは考えていなかったわ」
負ければ面子が丸潰れという点に考えが及び、出場者の顔は多少引き締まるが、しかし緊張で動けなくなるほどではなく、むしろやる気を引き出したとも言えた。
だがアーシャには然程の動揺も無い。
彼女は彼女で、正攻法でも勝つつもりで勝負を申し込んだからだ。
「まあ、勝てたらの話よね」
「勝つさ。私は勝利を疑っていない」
部員への信頼感もそうだが、ミリティアは槍という武器のポテンシャルを信じている。3戦3勝するつもりでいるのは本心だ。
そして舌戦ばかりしていても仕方がないと、彼女は開戦を促した。
「御託はいい。始めよう」
「……では、見せてもらおうかしら。大口を叩くだけの実力があるかどうか」
部長らが自陣のベンチに戻ると、先鋒のウォームアップは既に始まっていた。
ドミナは一通りの柔軟体操をしており、対する舞踏研究会側はオイルマッサージをしている。
上階の客席からは覗き見えない位置で、半裸になった選手を2人がかりでほぐしていた。
「どうにも異文化だな」
「相手方は回避と受け流しに特化した戦い方らしいので、柔軟性を上げるとしっかり戦力が上がるそうですよ。戦う前の緊張を緩和する効果もあるとか」
ドミナは相手方の分析を終わらせており、まとめた資料は部員で共有していたものの、しかし実際に見ると奇異な光景ではあった。
「腕や首にオイルを塗っておくことで、投げ技や絞め技といった、組み打ちを回避できるようになるみたいですね」
「ああ、資料は読んだ……が、その効果には期待できないだろうな」
相手も対魔物というよりは、対人戦に重きを置いた武道だ。
そして彼女らが使う武器は槍であり、掴みや投げが戦術に入ることはない。1対1の勝負では乱戦にもならないため、槍術研究会の部員が組み打ちを仕掛けることはないのだ。
ルーティーンで気を落ち着かせるには有効だが、防御面では不要な効果だった。
「懐に潜り込んで攻撃する時には、有効かもしれませんけどね」
「そこまで接近されて、組み付かれた時の話だろう?」
ミリティアが言わんとしていることは、ドミナにもすぐに分かった。
その意を汲み、彼女は笑みを見せる。
「ええ、触れることはおろか、接近も許しません。
実力の面でミリティアやスペルビアに一歩劣る彼女だが、この戦いにおいては――軽戦士との戦いにおいてはジョーカーとなる。
相手に何もさせず、一方的に勝つと宣言した彼女は、槍と盾を手にして戦いに赴いた。
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