第6話 槍の基本



 一口に槍と言えど、種類にも色々とある。


 徴兵した素人が抱く恐怖感を払拭するために、とにかく長さを求めたもの。コスト重視で作られた簡素なものから、端から端まで総鉄製のものまで様々だ。


 名称はほとんどの槍で共通だが、例えば先端の刃にはという名称が付いており、刃の先端部分は特に穂先ほさきと呼称される。

 穂の反対側を石突いしづきと呼び、長く伸びる持ち手部分をと言うが、この辺りは基本の構成だ。


「うん、やはり訓練用と言えばこれだな」


 その他の名称は細かく分かれるが、各部位の長さや形で槍の種類が分岐する。


 翻って、今回の模擬戦でミリティアが装備したのは素槍すやりだ。

 穂先や柄に余分な装飾は付かない、シンプルな作りをしているものを採用した。


 木製の柄の先に25センチの刃がついた、全長150センチほどの武器であり、一般的に槍を思い浮かべた時に、真っ先に思い浮かぶ形状のものでもある。


「ただのショートスピアではこちらが有利ですが、よろしいのですか?」

「ブランクの分、ちょうどいいだろう」


 ミリティアの実戦用装備は穂先が大きな大身槍おおみやりであり、訓練用の槍よりも大型で重いものを愛用している。

 勝手が違う武器を使うミリティアに対して、スペルビアが扱うものは手に馴染んだ十字槍だ。


 これは穂の根本から、刃が三叉に枝分かれしたものであり、突けば槍、薙げば薙刀、引けば鎌と、攻撃のバリエーションに富んだ武器となる。


 選択肢が増えるだけ扱いにくくなるが、熟練した使い手であれば槍が持つ間合いによる防御力と、圧倒的な制圧力を両立させられる凶悪なものだった。


「さて、ではやるとしよう」

「お相手仕ります」


 鎧だけを無属性の魔法で強化して、武器は素のままで打ち合うことになるが、これが模擬戦の基本だ。


 直撃しても大怪我をしにくく、部位欠損でも起きない限りは、治癒の魔法ですぐに回復できる環境で戦うことになる。


「では審判は私が務めますが、できれば寸止めでお願いしますね」

「分かった」

「心得ました」


 場所は学園に3つある武道館のうちの一つで、3階建ての体育館のようなところだ。

 1階の一角に陣取った彼女たちは、ギャラリーが遠巻きに見ている中で得物を構えた。


「始め!」


 ドミナが開始の合図を送るも、立ち上がりは互いに慎重だ。

 いきなり大きく突き出すことはなく、カツカツと、相手の武器の感触を確かめるように穂先同士を合わせていく。


「腕が落ちたようには見えないな」

「基本の動きですので」


 スペルビアは胴をがら空きにさせるべく、ミリティアが小手調べに突いた槍を強く跳ね上げた。

 しかし多少崩れたところで、踏み込んで刺突するよりも、ミリティアの引手と再攻撃の方が早い。


 つまり決定的な隙ができるまでは深く踏み込まず、相手の武器を払い、叩き、優勢を確保することが目標となる。


 優勢でいる時間が長くなるほど、相手の対応を後手にできるので、二人はまず立ち回りに全神経を注いだ。


「せいやっ!」

「はあっ! やっ!」


 駆け引き自体は他の武器や武道と大きく変わらないが、例えば剣同士での戦いと比べて大きく異なる点は、打ち合う距離が遠いところだ。


 互いの間合いが一歩遠い分、弾いても崩しても、僅かに長く立て直しの時間が発生する。


 隙を見て飛び込んでも、対応を判断する猶予が数舜長く、戦力差が大きく離れていない限りは長時間打ち合うことになるのだ。


「ははっ、まるで千日手だな」


 決定的な隙を晒すまでは終わらない。

 どちらかが失策をしない限り、体力が切れるまで延々と打ち合うことになる。


 そのため、立ち回りで優位が付かない場合に考えるのは、相手のミスを誘発させることだ。


 打ち合いのリズムを外して、ある瞬間から急激に攻め寄せたり、下がる、下がると2歩繰り返し、3歩目も下がると見せかけて一気に前に出たりと、緩急が求められる。


「そんなものか? もっと激しく突いてこい!」


 ミリティアは攻めている最中に、敢えて僅かな隙を見せた。彼女は反撃を刈り取る算段で、不用意なほど大きく踏み込む。


 だがスペルビアはそれに乗らず、一歩下がって態勢を整えた。


「いえ、退きます」

「流石に冷静だ」


 武器を旋回させて相手の武器を絡め取り、上方向に跳ね上げる「巻き上げ」と、下方向に払いのける「巻き落とし」が基本的な攻略方法だ。


 今しがたミリティアが採った戦術は、カウンターで巻き落としを狙うものだった。


 槍を何度か強く突き出して、打ち合いに応じた瞬間に、時計回りに半周させて相手の槍を絡め取り、下段に払いのけるつもりだった。


 この計算と駆け引きを、1秒以内で決断しなくてはならない。


 もっと煮詰まればその10分の1秒の世界に入るため、考えなくても身体が動くまで――手癖で動けるまで――身体に動きを覚えさせるのが鍛錬だ。


「はぁあああっ!!」

「おっと……今のは中々だ」


 言うなれば突きのみの空手で、回し受けをどれだけ上手く活用できるかであり、より基礎基本が完成している側が順当に勝つ。


 素槍同士で対人戦を行えばそんな様相を呈するが、スペルビアが使うものは十字槍だ。


 彼女が猛然と踏み出したところを見て、ミリティアは受け流しを試みたが、槍の穂先を受け流しても――十字に伸びた横方向の刃は、攻撃範囲が広い。


 その武器特性も考慮に加わるため、直線対直線の突き合いだったものが、徐々に横方向への移動も交えた立ち回りに変化していった。


「そうだ、調子が出てきたじゃないか」


 ミリティアの槍が穂先一つ分小さいため、中距離から近距離の戦いでは彼女に分がある。


 しかし前後に長く、横にも広い十字槍の攻略は容易ではない。更に言えば、懐に潜り込むほどの接近戦もできない。


 体当たりや当身を試みたところで、引き戻された刃が背中を襲うため、若干の不利を背負いながら戦いを続けることになる。


 では有利な点がどこかと言えば、体力だ。


 ミリティアの方が軽い装備をしている上に、スペルビアにとっては久しぶりの本格的な訓練なのだ。ならばそのうち音を上げるだろうと思い、ミリティアは防御主体の、徹底した持久戦を軸に槍を振るい始めた。





    ◇





「そこまで。終了でーす」

「なに?」

「まだ決着は、ついていません」


 白熱した試合を繰り広げて汗だくになった二人は、不意に入ったドミナの制止に不満そうな顔をしていた。

 ドミナとしても気が済むまでやらせつつもりだったが、しかし止めざるを得ない事情がある。


「6限が終わったので、ここからは終日、剣術愛好会の使用時間になります」

「……このまま、使わせてもらうことは?」

「向こうは事前に予約しているみたいですし、これから部内で交流戦をやると言っていますよ」


 毎日活動をしている真面目な団体に、急によけろと横車を押すことはできない。

 そんなことをすれば、それこそ槍術研究会の評判が落ちる。


 熱が残っているミリティアはゴネようとしたが、立場のことを考えて、間を置いた後に承諾した。

 彼女は槍を下ろして鎧の留め具を外すと、畳んでおいた壁際の上着を拾い上げて言う。


「不完全燃焼だが、仕方あるまい」

「……そうですね、やむを得ません」


 スペルビアも渋々槍を下ろすと、同じように鎧を脱いで上着を拾い上げようとした。

 しかし無念そうなミリティアに、スペルビアが同意した瞬間――ドミナの瞳がきらりと光る。


「残念なんですか?」

「え?」

「終了と言われて、落胆しましたよね?」

「あっ」


 まだやり足りず、もっと試合を続けたいという意見に同意したのだ。これで槍を嫌いだとか、もう興味が無いと言うのは無理がある。


 素の反応を見せてしまったスペルビアには、咄嗟に言い訳が思いつかなかった。


「楽しんでもらえたようで何よりだ」

「その、姫様、私は……」

「皆まで言うな」


 槍をゆっくりと地面に置いたミリティアは、上着を持って困惑するスペルビアに歩み寄ると、壁際まで追い詰めた。


「入部すれば、毎日でも私と楽しめるぞ?」

「それは有難いのですが、あの……」


 ミリティアは壁に右手をつけて至近距離にまで寄ると、囁くように言った。


「君が必要なんだ。私と一緒に来てくれないか?」

「ひ、姫様、だめです、そんな」


 恋愛小説の主人公を、口説き落とすような格好だ。このパターンに入ってから失敗したことはないので、あとは消化試合だなと、ドミナは首を横に振る。


「何をやっているんでしょうね」


 政治的交渉は苦手なミリティアだが、こういう交渉には強い。


 スペルビアの実力は落ちていないと再確認したこともあり、ドミナは目前の茶番から目を逸らして、翌週の交流戦に向けた算段を考え始めた。


「あ、そうだ」


 乙女のような顔をしているスペルビアが、このまま加入することを前提に、彼女は単純に勝利するよりも有益な作戦を頭に思い浮かべた。


 落ちるまであと何秒かな。などと考えながら、彼女は作戦を具体化させていく。



― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


 この先は2日に1回更新となります。


 次回は1/10の晩を予定していますので、よろしくお願いします。

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