第5話 槍サーの姫は肉食系



「ああ、どうしてこんなことに」

「も、もう何度も謝ったじゃないか」


 週末までに部員を補充しなければ、勝負を受けておいて不戦敗という不名誉な風聞が出回る。さしものミリティアにも焦りが見え、一頻ひとしきりの説教をしたドミナはただただ呆れていた。


「それで、どうするつもりですか? 王家の権力、使っちゃいます?」

「大丈夫。多少グレーゾーンではあるが、正攻法で勝算はあるんだ。ここは私に任せてくれ」


 自立した学生生活を送ること。

 在学中に一定の成績と功績を挙げること。


 彼女らが実家から出された課題は以上の二点であるため、自立という面では実家の力を使うことは避けるべきだった。

 学校生活を共にする仲間を作るなら、上下関係も無いに越したことはない。


 もちろんミリティアとしても強制加入は禁じ手としてあり、彼女が自信を持っているのは勧誘面だ。


「安心して背中を預けられる人材に、心当たりがある」

「何人ですか?」

「1人」


 この提案を受けたドミナは、微妙な顔をした。

 1人加えても3対5の勝負であり、全勝でようやく勝利という崖っぷちだからだ。


「言っても仕方がありません。当たり前ですけど、交流戦では槍を使うので――」

「我求むは即戦力。ということで、実力込みで考えても彼女に声を掛けたい」


 自信満々で挑んできたのだから、相手もそれなりに実力はあるのだろう。手習い程度の部員を引き入れても勝ち目があるかは怪しく、ミリティアは勧誘を1人の実力者に絞った。


 そして、リストの中からミリティアが簡単な来歴書を差し出すと、ドミナも納得顔に変わる。


 そこに載っているスペルビアという女生徒は、ミリティアに槍を教えた女性騎士隊長の娘であり、何度か顔を合わせた程度の関係はあったからだ。


「ああ、スペルビアさんがいましたね。この学園に在籍していたんですか?」

「知らなくても無理はない。団長クラスならともかく、隊長の息女では回覧状に載らないからな」


 槍部隊を率いる騎士隊長の娘なのだから、当然のこと槍への理解はある。


 彼女らとは言わば同門の子弟ともなるので、全く無関係な家臣の子息に声を掛けるよりも、よほど現実的な相手だった。


「経営学部にいるらしいから、早速声を掛けてみよう」


 スペルビアが所属しているのは、裕福な平民や商人の子息が多い学部だ。

 ミリティアたちは帝王学部に在籍しているため、講義で顔を合わせる機会が無かった。


 しかし経験者を引き入れるという方針には賛成したが、現状を見てドミナは言う。


「槍が使えるのに、槍術研究会に来ていない時点でお察しなのでは」

「そうかもしれない。でも話してみないことには何とも」


 家庭での鍛錬は続けていると調査済みのため、ミリティアはここに期待をかけていた。

 アーシャの乱入によって中断したが、今日は元より、彼女をスカウトする予定でいたのだ。


「まあ、概ね事情は把握済みだ。とにかく行ってみよう」

「……教室に槍を持っていくんですか?」


 事前に考えていた段取り通りに進めるべく、ミリティアは朝の段階で部室に運び込んでおいた、刃引きした槍を2本持ち出してドミナに手渡した。


「しかも十字槍なんて、ティアちゃんには扱えないでしょうに」

「私が使うのはいつも通りのやつだ。これはスペルビア嬢に渡す」


 ミリティアはとにかくポジティブな人間だ。ここまで空振り続きでも、彼女には一点の迷いも曇りも無い。

 

 ドミナを引き連れたミリティアは意気揚々と往来を行き、経済、経営学部などの講義を行っている別棟に着くと、手近な生徒に聞き込みを仕掛けた。


 相手は国内の下級貴族で、顔を見かけたことがある令嬢たちだ。


「失礼」

「ひ、姫様!?」

「ああ私が姫だ。スペルビア嬢が今どこにいるか、知っているかな?」


 ミリティアは猪突猛進型だが、見た目や所作は完全で完璧だ。


 女役者が花形の男役を務めるが如く、口説くような仕草で言い寄ると、代表して答えた栗毛の令嬢は頬を赤らめた。


「彼女は確か、5限の講義中です。国際通商論の」

「教室は?」

「3階西側の、突き当たりだったと思います」


 動揺しながら答えた令嬢は、憧れの人に向けるような熱い眼差しだ。

 好感触と見たミリティアは、そっと手を取り言う。


「ありがとう。ちなみに今度、一緒にお茶でもどうかな?」

「はええ……お、恐れ多いです」


 このままいけばただのナンパだ。こめかみに手を当てて、頭が痛そうな仕草をしたドミナは、強引に話を打ち切った。


「はいはい、行きますよ」

「ちょっと待ってくれ。友好関係の構築も、イメージアップには大事なことだろう」


 先ほどまでとは逆に、ドミナがミリティアを引き連れて階段に向かう。

 ぐいぐいと引っ張る公爵令嬢は、じとっとした目を姫に向けた。


「可愛い子と仲良くしたいだけでは?」

「……まあ、否定はしない」


 男前の第三王女は聞き込みのついでに、あわよくばデートの約束を取り付けて――というところまで狙っていた。


 彼女は見た目や性格に反して、可愛いものが好きなのだ。


 似合わないため着はしないが、フリルのついたドレスが好きだ。

 テディベアやドールも好きだ。アクセサリや小物も大好きだ。


 懐いてくれる女の子。それが年下ならなお良しという嗜好でいるのがミリティア姫だ。もちろん見目麗しい淑女も大好きであり、対人関係で言えば肉食系だった。


「後先考えずに粉をかけて、問題を起こす度に、まともに付き合える人が減っていくんじゃないですか」

「それを言ったらおしまいだよ」


 今回は面識が薄い下級貴族の令嬢なので、見た目と振る舞いでどうにかなった。


 しかし衝動的に口説いてはみるが、その後がノープランのため長く続かない。これがいつものパターンだ。


「考えなしにファンクラブを作るような真似は、もうしないでくださいね」


 学内でそんなことを繰り返せば、研究会の評判などあっという間に下落するため、ドミナは問題を未然に回避すべく、後ろ髪を引かれるミリティアを引きずっていく。


「うう。折角王宮を出て寮暮らしになったのだから、もう少し自由な交際を……」

「ほら行きますよ。3階の突き当たりですよね」


 横道に逸れて、未練がましいことを言うミリティアを片手でずるずると引きずりながら、ドミナは進んで行く。


 そして彼女たちが3階に辿り着くと、ちょうど講義が終わったところであり、教室からはまばらに人が退出し始めていた。


「顔は分かりますか?」

「どうだろう。もう3年は会っていないからな」


 入室したミリティアがきょろきょろと見渡すと、不安に反してすぐに目当ての人物は見つかった。

 長く艶やかな黒髪をした、凛々しい目つきの少女を見て、ミリティアはすぐにピンときた。


「彼女だ。間違いない」

「ああ、確かに面影がありますね」


 遠目でも、クール系の美人という印象が強い。

 上級生と見紛うほど泰然としており、人目を引くオーラもある。


 彼女たちは中等学校以前のスペルビアを知っているため、多少の月日が流れていようと見紛うことはなかった。


「この際、人違いでも構わないから声を掛けてみよう」

「その心は?」

「一目で分かる逸材だ」


 姿勢や立ち居振る舞い一つでも分かることがある。

 どのレベルにいるかは別として、武道に熟練していることはすぐに分かった。


「あれが探し人なら良し。万が一人違いなら二人とも入れるまでよ」


 人の流れと逆行するように押し入っていき、ミリティアは早速声を掛ける。


「久しぶりだね、スペルビア嬢」

「もしや、ミリティア姫様ですか?」


 自分のことを覚えていてくれた。やったー。


 ミリティアの思考はそんなところだが、対するスペルビアは教科書をまとめながら、簡潔に言う。


「槍術研究会を立ち上げたとお聞きしました」

「どこでそれを?」

「もう噂になっています。それから母より、姫と会うことがあれば良しなにと」

「それなら話が早いな」


 第三王女が入学したのだから、国内外の貴族には周知が回っていた。

 ミリティアらの近況も大筋で把握されていたため、知られていても当然ではある。


 前置きが不要と見たミリティアは、咳払いをして早速切り出した。


「君も母君から槍を習っていただろう。どうだ、一緒に槍術研究会を――」

「折角のお誘いですが、謹んで辞退させていただきます」


 立ち上がり、45度の礼をしたスペルビアは、呆気に取られたミリティアたちの横をすたすたと歩き始めた。

 不敬を咎められてもおかしくない動きなので、彼女は最後に、申し訳程度に理由を述べる。


「私はもう、槍は辞めたんです」


 取り付く島もない言い方だが、ミリティアはどこ吹く風であり、まるで動じなかった。

 彼女はマイペースに、スペルビアの発言や声色から受けた印象を呟く。


「楽器を弾かなくなった、天才少女のようなことを言う」

「まあ、言わんとすることは分かります。……でも入部を希望しないみたいですし、帰りませんか?」

「いや、今日ばかりは強引にいかせてもらおう」


 ミリティアはドミナから槍を受け取ると、スペルビアに軽く放った。

 反射的に受け取ったスペルビアは訝し気な顔をしたが、反対にミリティアは深い笑みを作る。


「君の実家から持ってきた、模擬戦用の槍だ」

「いつの間に?」


 ドミナに問われたミリティアは、こともなげに答える。


「週末、彼女の家まで行ったんだ」

「その時誘えばよかったのに」

「いやあ、退くに退けない状況まで追い込みたくて」


 才能があるのに武道を辞めた人間を、その道に引き戻すにはどうしたらいいか。

 この問いに対するミリティアの答えは単純だ。


「辞めたと言っても、稽古は続けているそうじゃないか。やりあっていれば自然と、熱中していた頃の感覚を思い出すだろう」

「いえ、私は……」


 つまり彼女は、3年ぶりに会った旧知の人間に対して、出会い頭に模擬戦を挑んだ。

 そして勧誘に対しては線引きしたが、この申し込みに遠慮は無い。


「この第三王女が直々に、稽古に誘おうと言うのだ。断るとは言うまいな」

「……稽古のお相手、だけでしたら」


 スペルビアは身分上、子爵令嬢だ。王女の願いを衆人環視の中ですげなく断れば、当然のこと角が立つ。

 不承不承で頷いた彼女を追い越すと、ミリティアは教室の外を指した。


「よろしい。では早速、武道館に行こう」


 力業ではあるが、無事に対戦まで漕ぎ着けたミリティアは決意した。

 熱い戦いを演じて、彼女の熱意を復活させようと。


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