第4話 無謀な勝負と媚びる王女



 明けて翌週。ミリティアとドミナは部室に集合してすぐに、部屋のドアがノックされた。


「部長さんは、いらっしゃるかしら」


 週末に勧誘リストを作成し、今日はその中から交渉の優先順位を進めていく算段でいたが、初めてのお客様を迎えたミリティアは広げかけたリストを放り出し、目を輝かせながら立ち上がった。


「新手の部員か!?」

「その言い方は違うと思いますけど」 


 入室してきたのは南方の民族衣装に身を包んだ、褐色肌の女生徒だ。

 踊り子の風体をした彼女は、首を横に振りながらミリティアの前に立つ。


「いいえ、生憎と舞踏研究会ダンサーの会長なの」

「なんだお隣さんだったか」

「アーシャよ。よろしくね」


 ミリティアにもドミナにも面識は無いが、槍術研究会の部室の左隣に、舞踏研究会がある。


 ご近所さんへの挨拶だろうと察してテンションが急降下したミリティアに、アーシャと名乗った女生徒は一枚の紙を手渡した。


「今日は親善試合の申し込みに来たわ」

「親善試合?」

「ええ。こう見えてうちも、武道系の研究会だから」


 にっこりと笑うアーシャが差し出したものは、交流戦の申し込み用紙だ。


 これは異種格闘技戦のように、研究会同士が模擬戦闘で腕を競う、学校行事の一つとなる。


「折角の申し出だが、今は部員集めが最優先なんだ。他を当たってくれ」

「残念ながら、この提案に拒否権は無いのよね」

「……なんだと?」

「そんな規定は無いはずですが?」


 ドミナは学園の規定や規則を一通り暗記している。


 交流戦についても把握していたが、これは受けるも受けないも自由であり、メンバーの都合によっては断っても問題ないと知っていた。


 しかしアーシャは、にこにこと笑うばかりだ。

 無礼な物言いを気にした様子も無く、彼女は続ける。


「部の矜持がかかった勝負だから、逃げるのは恥なのよ」

「とは言ってもな――」

「研究会はおろか、国の威信にも関わるかもね」


 この段階でミリティアは理解した。相手はこちらの事情を知った上で喧嘩を売りに来ているのだと。

 次いで彼女はアーシャの服装から、彼女が何者なのかを推測する。


「なるほど、その民族衣装は砂漠の……デセルト連合国のものか」

「流石姫様。弱小国までご存じなのね」


 ミリティアらが住むエクウェス王国では、南方への通商問題で時折話題になる国だ。


 幾つかの部族が合議制で運営している国であり、ミリティアとしては絶対的な権力者がいない分、近隣国の中でも揉め事も多い印象を持っていた。


「つまりあれか。大国の第三王女をしてやって・・・・・、部族の立場や発言権を強めようという、政治的な話か」

「話が早くて助かるわ」


 そういったドロドロした事情を嫌い、政界から離れて騎士団を目指すミリティアにとっては、避けたい部類の話だ。


 ましてや、入学間もなくやってきたトラブルでもある。


 部員獲得が一向に上手くいかず、気落ちしていたところへの追い打ちとあって、彼女はあからさまにげんなりとした顔をした。


「やれやれ、逆風ばかりだな」

「勝てば追い風じゃない? 王女様には自信が無いのかしら」

「安い挑発だ」


 ただでさえ、廃部寸前である槍術研究会の評判は低い。

 ここで悪評が立てば、再起不能なほどの風評被害を受けかねなかった。


 つまりこの勝負は、避けた時点で研究会の将来が詰みかねない、嫌なタイミングでの申し出だ。

 諸々の事情を把握したミリティアは、溜め息混じりに首を振る。


「……まあ、分かった。演武で知名度を上げるのも立派な活動ではあるし、受けよう」

「言ったわね?」


 刹那、彼女の背を悪寒が走る。アーシャの笑みが深くなるところを見て、受けてはいけない類の勝負だと直感したミリティアは、すぐさまドミナに視線を送った。


「受けるかどうかを決めるのは、勝負の内容を確認してからにしましょう」

「そうだな、それがいい。舞踏勝負などと言われては、やりようが無いからな」

「流石にそこまではしないけど……」


 承諾を制止したドミナは、申込書の内容をよく確認する。


 まず勝負は1週間後。内容は一般的な模擬戦で、5対5の星取り戦だ。

 勝ち残りではなく、参加者の勝敗数で勝負が決まる形式となる。


 しかし現在の槍術研究会では、ミリティアとドミナが2勝したところで、不戦敗が決定する勝負だった。


「生憎と、うちは部員が2人だけなんだ。これでは受けられないな」

「研究会を維持する最低限の人数が4人よ? この程度の条件から逃げるのは甘えじゃないかしら」


 ミリティアはアーシャの言葉の端々から、言葉の真意まできっちり読み取った。


 勝負が成立する程度の人数すら集められないなら、こんなお遊びは止めてしまえ。と言われている。


「ああ、でも、確かに槍術研究会では難しいかしらね」

「……何故、そう思ったのかな?」

「不可解なほど人気が無いじゃない、ここ」


 アーシャはあからさまに嘲笑しているが、確かに半月かけても部員は増えていない。人集めが上手くいっていないことは図星だ。


 そして入学以来嫌というほど実感したこと。

 自分の使用武器はマイナーで不人気という現実。


 事実に基づく侮蔑の言葉を並べられたミリティアは、ここ最近のストレスも手伝い――容易くプッツンした。


「……いいだろう、その安い挑発に乗ってやる」

「だめ、ティアちゃん戻って! これは流石に無理だから!」


 責任者の欄に自身の名前を速記したミリティアは、ドミナの制止を振り切って席を立つと、申請書をアーシャの胸元に着き返す。


 そして彼女は堂々と、目を合わせて言い返した。


「1週間もあれば十分だ。勝負の日までに部員を集めて、完璧に叩き潰す」


 2週間をかけて新規加入がゼロだったのだから、見栄を張っていると言わざるを得ない宣言だ。


 アーシャにしても4対4の方式に妥協したり、期日を月末にしたりと、交渉の余地を残してはいたが――条件がそのまま受け入れられるなら――好都合ではある。


「吠えたわねぇお姫様。まあ、楽しみにしているわ」


 顔に手を当てて天を仰ぐドミナを尻目に、用を済ませたアーシャは申請書を回収して槍術研究会の部室を出て行った。


「……あー、うむ」


 後に残されたのは、気まずい沈黙だ。

 これを払拭しようと、ミリティアはためらいがちに口を開く。


「さあドミナ。負けられない戦いがここにあるぞ」

「ティアちゃん」

「勝てばイメージアップになることだし、より一層、勧誘に熱を入れないとな」

「ティアちゃん」


 アーシャが去ってから数秒が経つと、すぐにミリティアは正気を取り戻した。


 公務であれば、彼女ももう少し冷静に立ち回っただろう。だがこれは、どちらかと言えば趣味の話だ。

 好きなものをけなされて、黙っていられるほど大人しい性格でもない。


 取り巻く環境や本人の性質など、暴発した理由は様々あるが、彼女にとって大事なことはまず、親友への対応だ。


「その、なんだ。まあ、口車に乗ったのは悪いと思っているけど」

「ティアちゃん」

「ええと……なーに、ディーちゃん?」


 ドミナは満面の微笑みを浮かべているが、怒っているとはすぐに分かった。だから怒りを回避しようと、ミリティアは精一杯可愛い声を出してみる。


 媚びへつらう第三王女など、年に何度も見られるものではない。珍しい光景だ。

 しかしドミナの表情も声色も、一切変わらなかった。


 無言でミリティアの前に移動した彼女は、人差し指を床に向けて言う。


「正座」

「……はい」


 交渉の初手であっさりと釣られたミリティアにより、無謀な勝負の幕が開いてしまった。


 対策を練る必要に駆られたドミナだが、何をするにも彼女はまず、迂闊すぎる幼馴染への説教から始めることにした。


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