第3話 閑古鳥は春に鳴く



 準備を完了させた彼女たちは他の研究会と同じように、部室棟の1階ホールで行われている、合同説明会にブースを出してみた。


 これは会場を一周して、気になる団体があれば説明を受けていくという、新入生向けの催しだ。


 それから1週間後。


 一通りの勧誘を済ませたミリティアは部室の窓辺に立ち、ドミナが淹れたコーヒーを片手に、何気なく呟いた。


「なあディーちゃんや」

「なんですティアちゃんや」


 槍術研究会のブースでは閑古鳥が鳴くばかりで、結果として何の成果も得られていない。

 無為な時間だけが流れていく瞬間を思い返しつつ、ミリティアは恐る恐る言う。


「……もしかして、これってピンチ?」

「今さらなことを聞きますね」


 姫君直筆の達筆なサークルポスターに、公爵令嬢が手ずから作成したチラシまで備え付けて、万全の体制で臨んでいた。


 しかし入部希望者はおろか、見学者すらゼロだ。

 彼女らは勧誘の最終日になっても、声を掛けた段階でお断りを食らっていた。


「おかしいじゃないか。受付にはこんな美女二人が座っていたのに!」

「自分で言います?」


 ミリティアはグラマラス寄りのモデル体型であり、人目を惹く綺麗系の美人だ。

 ドミナは身長の割りに胸が大きく、母性の塊のような容姿をしている。


 正直なところミリティアには、見た目で寄って来る男の10人や20人はいると思いながら、下心満載な人間をどう捌くかまで想定していたのだ。


 しかし外行き用の、完璧な笑みを浮かべてみるも駄目。

 公務よろしく猫を被り、たおやかに手を振ってみても駄目だった。


「蓋を開けてみれば、会話らしい会話が一度も発生しないまま新歓期間が終わった」

「そうですねぇ」


 他の研究会は春休みの最中から用意を始めており、急拵きゅうごしらえで参戦した槍術研究会は、新歓期間の最終盤から活動を始めている。


 つまり動き出しからして遅れていたため、入部先を選ぶために部室棟までやって来る、無所属の人間がそもそも少数派だった。


 人気が無いこと×新入生の少なさという計算式が導き出したのは、勧誘失敗という解だ。


「さしもの私も、まさか話しかける以前の問題だとは思わなかったぞ」

「初動で遅れたのが痛かったですね。挨拶に来た人たちも、全員所属が決まっていましたし」


 人気ひとけの少なさに焦りを感じた彼女たちは、縁故に頼る戦法を実行に移した――が、駄目。

 知り合いの大半は、もう他の研究会に所属を決めていたのだ。


 取り立てて槍に興味がある者もおらず、無理に兼部させるのも当初の目的から外れるということで、一切何も進展しなかった。


「こうなったら、もう少し強引にいきますか?」

「あまり強権を振りかざすのもな……。それに現状を変えていくためにも、とにかくモチベーションの高い部員が欲しいじゃないか」


 ミリティアは第三王女であり、ドミナは公爵令嬢だ。立場を使った命令や政治的な取引で部員を増やすこともできたが、あくまで自発的な仲間を欲しがっていた。


 要は共に槍術研究会を復活させる意思を持った、同志を求めているのだ。


 しかしそれが理想としても、正規に部員を獲得しやすい時期は通り過ぎたため、ドミナは現実的な方向に目を向ける。


「例えばうちの家臣の三女が二個上にいますけど、他にも頼めば、兼部してもらえそうな人が何人かいますよ」

「うむ……」


 確かに槍術研究会を取り巻く状況が悪く、ミリティアはドミナの提案に心が揺れていた。

 だが、一本気で剛直な性格をしている彼女は、権力の行使を一旦踏み留まって言う。


「最終手段に打って出るにはまだ早い。ここはそうだな……講義で知り合った人間を勧誘してみよう。方針は変わらず、一に熱意で二に素質、三に実力だ」

「前途は多難ですねぇ」


 近頃では稽古よりも勧誘に重きを置いているため、来る日も来る日も作戦会議だ。


 しかし正攻法での万策が尽きかけており、部室でお茶をする時間ばかりが増えていたので、打開策を求めたミリティアはドミナに聞く。


「何か目新しい情報はないか?」

「ああ、昨日は人気がある研究会のことを、一通り調べてみました」


 状況を動かすために、ドミナは他の研究会を見回っていた。


 と言っても公式な勧誘の期間は過ぎたため、これは反省材料を探す意味合いが大きいが、彼女は昨日入手した大手研究会のビラを鞄から取り出して、机の上に載せる。


「人が集まるのは、意外とこういったのみサーですね」

「お茶会と似たようなものだろうに、そんなに人気なのか」


 宴サーとは社交の練習と銘打って、酒を飲んで楽しむことが目的の研究会だ。

 これと似たサークルは幾つか存在する。


 外交の舞台ともなる名門校なので、活動内容は比較的大人しく、それらしい社会貢献活動もそれなりにはしているが――その実、遊びがメインの集まりだ。


 面白おかしく、学生生活を楽しもうという研究会を引き合いに出して、ドミナは言う。


「今年の新入部員は、もう30人を超えたらしいです」

「な、なんだと!? 勧誘の手口は何だ、かどわかしか!」


 研究会とは同世代の仲間と研鑽けんさんを積み、己を高めるためのものだ。

 少なくともミリティアはその認識でいた。


 しかし驚愕する彼女の前で首を横に振り、咳払いをしたドミナ曰く。


「この時期になると、目的を持って研究会に入る人間の方が少数派らしいです」

「なんで?」

「なんでと言われても……サークル活動は友人作りとか、学内での地位向上とか、就職に向けた実績作りのような目的が主ですから」


 つまり人脈や、就活アピールに使う実績が欲しいだけならば、本気で切磋琢磨する団体よりも緩くて温い団体が人気ということだ。

 これを聞かされたミリティアは又しても愕然としたが、ドミナは呆れたように言う。


「ティアちゃんだって、名門の槍術研究会を卒業したという実績を、作りにきたじゃないですか」

「え?」

儀仗隊ぎじょうたいに入って、旗手きしゅになりたいんですよね?」


 式典の際に華々しく活躍する儀仗隊。それがミリティアの望む進路だ。


 騎士団の先頭に立ち、旗を掲げて行進する旗手の役目は――慣例上、槍使いの仕事だ。


 幼い頃の憧れから旗手を目指し、同時に槍士を志したミリティアだが、槍術研究会を復活させたいのは槍への愛好心に加えて、希望部署に配属される確率を上げるためという目的があった。


 名門の槍術研究会に入っておけば、旗手への道が開ける。

 それが彼女の入部動機だ。


 夢の実現に実家の権力を使うつもりは無く、自力で可能性を作れる場があるとすれば、ここしかないと思い活動を始めている。


「さて、実績作りの内容が定まっているティアちゃんみたいな人は、選ぶ研究会の方向性が、入学前から決まっています」

「まあ、そう言われてみればそうだ」

「つまり今でもまだ迷っている人は、元々強い熱意があるわけではないんです」


 在学中は、サークル活動を頑張りました。


 騎士団や衛兵隊、役所や商会の面接でそう主張したいだけなら、所属先はどこでもいい。手習い程度の武芸や学問を修めておけば、現場でも学べるからだ。


 それに真面目な研究会でなくとも、人口が多ければ先輩の数が増えるため、縁故採用を狙いやすいというメリットもある。


「そういうことで、人はただひたすらに、楽しそうな方に流れていきます」

「ぐぬぬ……そんな落とし穴があったなんて……」


 もっと言えば、卒業後の進路よりも学生生活の充実、つまり学校が楽しくなることを期待して入部する人間が一番多い。


 この点でも、槍術研究会の商品価値は最底辺だ。


 廃部が決定するほど人がいないのだから、入部を考える理由が、入部を考えない理由を上回ることは無かった。

 要するに、団体の規模が小さ過ぎるところもまた、新規加入を阻む原因となっている。


「それなら間口を少し広げるとして。このビラにも書いてあるような、歓迎会を企画してみるか」


 改めて不利を悟ったミリティアは、更なる攻勢を企てた。

 しかしドミナは冷静にそれを止めて、これまた正論を言う。


「今から歓迎会の用意をして募集をかけても、人が来ませんよ。もう入部先を決めたか、歓迎会で見つけた友達とグループを作っている頃なので」

「……そうか、もうそういう時期か」


 引き入れのノウハウも大手ほど蓄積しているため、声の掛け方や入部させるまでの流れにも、複数のテンプレートができている。


 歓迎会一つにしても、回し方にコツはあるが――そもそもの話――これは彼女らには不向きな戦法だ。


「そもそも接待なんて、したことがありますか?」

「外交の席でなら」

「学生レベルでは使えませんねぇ」


 どこに出向いても接待される側であり、自分がホストになっても相手は国賓だ。それに彼女らも新入生なのだから、どう持て成せばいいのかは分かっていない。


 つまりこの発案も、発動前から没案になった。


「コンパとやらもそうだが、宣伝を主にした勧誘は無理だな。この路線はもう諦めよう」

「なら、どうしますか?」


 いずれにせよ、現状維持で部員を勝ち取るのは難しい。

 何せ数ある研究会の中から、自主的に選んでもらえる可能性はゼロに近いからだ。


 これまでと同じように誘いをかけても、成功する未来は見えないのだから、抜本的に方法を変えるしかなかった。

 そのため、今までの話を加味しても、ミリティアが選ぶ戦法は一つだ。


「もっと声を掛ける先を厳選して、特定個人を狙い撃ちにしよう」


 大体の出身地であるとか、武器への理解がある者であるとか、属性が部に適応しそうな知り合いを見かけた時は、優先的に声を掛けていた。


 しかし槍術研究会には不特定多数へのプレゼンに使える材料が無く、ダメ元で声を掛けたところで、誰も付いて来るはずがない。


 そのため狙うのは、特定少数の限られた人間だ。

 相手を定めてきっちりと計画を練り、確実に口説き落とす環境が要る。


 そのためミリティアは勧誘する人数を絞り、選び抜いた数名の勧誘に全力を注ぐ方針を打ち出した。


「こちらから出向いて、興味を持ってもらえるように直接交渉をしよう。希望者を待つのはもうやめだ」

「それがいいですね」


 少なくとも、待っていれば来る、宣伝すれば来るという考えは楽観が過ぎた。

 ここからはもう少し攻撃的に、能動的に動くしかないという結論だ。


 彼女たちは条件に合致しそうな人間を休日中にリストアップすると決めて、週末の活動を終えた。 


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