第2話 何故槍は不人気なのか
「では、現状確認といこう」
「そうしましょうか」
翌日の午後、槍術研究会が再出発した。
サークル棟にある6帖ほどの部室に集合した彼女らは、備品の椅子と机を引っ張り出して、早速作戦会議を始める。
「まず、どうして槍が不人気なのか。という問題から整理しよう」
ウェーブがかった金髪をさらりと流して、ミリティアは問題を提起した。
そもそも槍術研究会に人気が無いのは、槍という武器自体が不人気だからだ。
堂々と言い切られたドミナは、呆れたように苦笑しながら言った。
「身も蓋もありませんね」
「……非常に遺憾ながら事実だ。部員を勧誘する上では避けて通れない」
前提として、世界中のどこの国も、魔物の脅威に晒されているのが現状だ。
剣や魔法、槍や弓といった各種の武器と、その取扱いはどの国でも研究を進めているが、昨今では剣をメイン武器とする国が増えている。
しかしそれを差し引いても、脚光を浴びない武器が槍だった。
「武芸というだけで一定の需要はある。にもかかわらず、槍が選ばれないのは何故か」
ミリティアは自問するが、この問いへの答えは簡単だ。
どの武器にも共通する戦い方と、槍という武器の特性が馴染まない点にある。
「やはり
「ですよねぇ」
魔物たちの頑健な皮膚を切り裂くには、武器に属性魔法を纏うのが一般的だ。
百年単位で研究を重ねた結果、遠距離から射撃攻撃を行うよりも、威力を底上げした武器で接近戦を仕掛ける方が、格段に効率的という解が得られている。
ミリティアは部屋に置かれていた黒板に、チョークで「属性付与」と書き込んで、更に話を続けた。
「注目すべきは、やはり使い勝手だろうか」
例えば使用武器が剣であれば、武器の大半が刃となっている。
対して槍は持ち手から
槍身に微弱なオーラを薄く伸ばしていき、先端の刃にだけ力を注ぎこむには熟練の技が必要だ。
要は力の調節が、極端に難しい武器という特性がある。
「それもありそうですけど、一番の難点は燃費だと思います」
「まあ、それはそうか。短槍でも一般的な長剣と比べて、倍は長いからな」
槍の制御が難しいと感じるならば、オンとオフだけを意識して、「接敵の瞬間だけ火力を上げる」という雑な戦法でも戦えなくはない。
しかし武器としての体積が大きいために、どれほど工夫を凝らしたところで、魔力の消費が激しいところも槍の難点だ。
攻撃に使わない部位まで含めて、武器全体を強化するならば、単純計算で継戦時間が半分近くになる。
これも尤もな意見だと頷いて、ミリティアは「燃費」という単語を書き連ねた。
「魔力量による足切りがあるから、そもそも誘える人材が限られるのもネックだ」
「そうですねぇ……」
王家や公爵家といった名家の血統は、魔力が多い人間同士の政略結婚を繰り返したため、サラブレッドのように魔力量が高い。
しかし容量が小さな者では、より細かい調整での節約が求められる。
そこに意識を割く分だけ、駆け引きの思考力が持っていかれるのだ。
要は魔力量が十分でないと、ただでさえ難しい取り扱いが更に難しくなるため、一端の使い手になるにはまず、魔力の潤沢さという関門が用意されていた。
これは事実だが、現状では部員の確保が至上命題だ。
最初から適正まで考えているミリティアに、小首を傾げてドミナは聞く。
「人数合わせよりも、適正を重視しますか?」
「当然だ。我々が目指すのは、由緒正しい
期待に胸を膨らませて入学をした分、現状の体たらくはむしろ、姫を燃え上がらせていた。
目標は、憧れの名門槍術研究会を、自ら復活させることだ。
ならば団体を維持するために幽霊部員を集めたりだとか、数合わせを用意したりだとかは、目的にそぐわなかった。
「話を続けよう。槍が選ばれない理由には、汎用性の低さも原因だと聞いた」
「誰に?」
「近衛騎士団長」
「それなら確実ですね」
確実に人気が無いと言われたようで、姫は少しだけしょんぼりした。
しかし正当に評価を下さねば、勝てる戦いにも勝てない。
だから涙を吞んで、彼女は自分が愛用している武器の、戦闘面以外にも絡む難点を挙げる。
「要は就職で不利なんだそうだ、槍は」
「それはまた、どうして」
「今は騎士団も剣が中心の戦い方だからさ」
剣が人気な理由の一つに、場所や相手を選ばない汎用性の高さがある。
国として、軍隊としての騎士団を組織するならば、安定性した戦力が確保できる点は非常に大きな評価項目だ。
また、槍の方が安価に製造できるが、
需要が高い分だけ供給量も多く、補給が容易な点も高評価だ。
こうした事情で、メイン武器に剣を採用している騎士団が多いのだから、剣が扱えた方が採用に有利という面は絶対的に存在した。
「特定の魔物に対して大きく不利な場合。例えば鳥類には弓や魔法射撃を使うだろうが、そんな相手には他の近接武器でも大差ないからな」
斬って斬撃、突いて刺突、強化して打撃と、剣の攻撃方法には幅がある。
リーチを含めた全てで若干の不利を背負うが、他の近接武器と比べて、絶対的に不利な敵は少ないのが剣だ。
この点で槍は刺突に特化しており、斧は斬撃に、戦槌は打撃に特化している。
汎用性が低下するほど専門職化するため、求人の数も減るのは当然のことだ。特定の騎士団に入りたいという拘りが無ければ、
「つまり人気があるから人気が集まる、ということですか」
「ああ。量産型剣士が一番効率的で経済的という話になるそうだ。量産しやすいそうだぞ、剣士は」
軍人を育成するなら、画一した人材の作りやすさも重視される。
昨今では一騎当千の騎士を作る流れになく、どの国、どの地方の、どの領主が持つ騎士団であっても、平均レベルの高いチームを作りたがる風潮があった。
この点では使用人口が多くなるほど、教育側のノウハウが蓄積していくため、騎士団としても体系化しやすい。
新人を採用して、育成して戦力にするという流れが、容易に作れるのも長所の一つだった。
実家のコネクションで将来を約束されていない、多くの学生たちが望むものの中にも、就職に有利という材料は必ず
「つまり我らが目指すのは少数精鋭だ。剣術を教えるサークルと比べて、実力者になれるという付加価値が要る」
「なるほど、就職を意識した活動……と」
ミリティアは剣との差異を比較してきたが、槍独自の問題はまだある。
むしろ卒業後の進路という意味で言えば、最大の課題が残っていた。
「結局のところ、槍が選ばれない理由は習熟するまでが長いからだろうな。適正が無ければ、在学中に成果が出ない可能性すらある」
「むむ……それはありますね」
武器としての扱いのみならず、他の武器と比べて細かい魔法の調整も必要になる。そのため扱いが手軽なものと比べて訓練時間が長くなる。
いざ実戦という時にも、歩調やタイミングを合わせた一斉攻撃が最も強い行動のため、真価を発揮するには特別な訓練が必要になる。
華の学生生活を訓練に費やしても、向いていなければ芽が出ないかもしれない。
そもそもそこまで手間を割くぐらいなら、剣でいいだろうというのは当然の意見でもあった。
「努力でカバーできると言っても、努力しなくても使えるようになる武器があるなら、そちらを使いますよね」
「総括すると、人を選ぶということだろうか……」
前述した魔法の素養――特に魔力量――による足切りもあるため、ハードルが高い武器。それが槍だ。
実用までに長い時間がかかり、長期戦に向かず、人によっては燃費の悪さからそもそも採用の候補に上がりにくい。それが槍だった。
「さて、これらの点を加味した時、我らがやるべきことは何だ」
「諦めて剣に鞍替えする……冗談ですよぅ」
ミリティア姫のソード・コンプレックスは今に始まったことではない。
彼女が愛する槍は、何かにつけて剣と比較されてきたのだから、さもありなん。
幼馴染の性格上、これ以上は暴発すると見たドミナは引き下がり、建設的な意見を唱えた。
「馬上槍を扱う騎士団が多い、平原の領地出身者に声を掛けるか。それとも槍の修練をしていた人を見つけるか。その辺りだと思います」
「なるほど、現実的な案だ」
槍に興味は無いが、職のために嫌々という部員を引き入れるつもりはない。
彼女たちは新入部員を探すにしても、ある程度の理解を持った人材を求めていた。
だから槍術研究会から出す採用条件は、ただ一つに尽きる。
「槍に興味があることが第一だな。何をするにもまずは熱意だと思う」
「そうですね。新入生を中心に声を掛けてみて、やる気がありそうな人を引き入れるようにしましょうか」
今後の方針を決めたとなれば、やることは普通の学生と変わらなかった。
二人して意見を出し合いながら、彼女たちは新歓用のチラシ作成などを進めつつ、初週の活動を終える。
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