槍サーの姫

山下郁弥/征夷冬将軍ヤマシタ

第1話 姫は槍サーに入りたい



 オリエンテーション期間が終わり、授業の開始も翌日に迫ったある日。金髪の少女は桃色髪の少女を引き連れて、部室棟に向かっていた。


 颯爽と歩く金髪の女性は、エクウェス王国第三王女のミリティア姫。

 横を歩く桃色髪の女性は、幼馴染のドミナ公爵令嬢だ。


 開校200周年を迎えた国立グロリア学園は学生数が多く、その分だけ多様なクラブがある。

 彼女たちはその中でも、栄光ある槍術研究会そうじゅつサークルに入部するつもりで別棟を訪ねた。


「入部の申請を行いたい」

「畏まりました。申請用紙に必要事項をご記入ください」


 部室棟に併設された学生課の窓口に着くと、彼女たちは優雅な所作で入部届を書き上げた。

 しかし用紙を提出したところ、対応に出てきた老女の表情が強張る。


「入部先は、槍術研究会で……よろしいですか?」


 昨今ではとにかく剣が人気で、槍の人気は下火だ。


 学園としても研究会の規模によって力の入れ方を変えるため、剣術系の団体に所属した方が圧倒的に優遇措置が多い。


 しかしそんなことは承知の上だと、姫は鷹揚おうように頷いた。


「無論、これで構わない」

「……左様でございますか」

「あの、何か問題でもあるのでしょうか?」


 部活やクラブ、研究会が存在していれば、申請を拒否する理由は何も無い。

 本来であればどんな入部先であれ、淡々と書類を受理して終わりだ。

 

 だからこそ、相手の対応が腑に落ちない少女たちではあったが、老齢の学生課長は視線を右往左往させていた。


「書類に不備が?」

「不備などはございませんが、何と申し上げますか、その……」


 老女の学生課長は、この道20年のベテランだ。

 学生の扱いなど慣れたものだが、今日ばかりは歯切れが悪い。


 理由は二つあり、まず相手が一国の姫と、公爵家の令嬢ということだ。


 しかし新入生の重要人物リストを暗記していたので、彼女らが部屋を訪れた時点で対応の心構えができていた。

 つまり言い淀むのは、二つ目の理由が主になっている。


「槍術研究会の在籍者数は、3年前より規定の最低限に留まっておりました。そして現在では、部員が一人もおりません」

「一人もいない?」


 槍術研究会は不人気であり、最後の生徒たちが卒業した今では部員数がゼロだ。

 そのため姫の不興を買わないように配慮した、事務的な宣言が続く。


「活動案内や広報にも載せておらず、今期からは廃部の方針で進めております」

「はいぶ?」


 数秒前までは、気品漂うお姫様という顔をしていたミリティアが、ぽかんとした顔になった。


 彼女は告げられた言葉の意味を咀嚼して、単語の意味を考えて、5秒ほど経ちようやく理解する。

 入部を希望した先は――廃部の危機にあるのではなく――既に廃部が決定していることを。


「ま、待て待て、待ってくれ! グロリア学園の槍術研究会と言えば、名門中の名門なのだろう!?」

「私ももう、お父様の了承を取り付けてしまいました!」


 彼女らの家には使用人が何十人、何百人といる。入学案内や部活動一覧などに直接目を通してはおらず、「良きに計らえ」で全てを通していた。


 つまり、当然あると思い、よく確認していなかった。

 しかし無いものは無い。


 在籍を予定していたサークルが消滅していると言われた彼女たちは、入学早々から狼狽する羽目になっていた。


「確かに昔はそうでした。私の在学中には、それは華やかな集まりだったものです」

「昔は、って……」


 青春を懐かしむオールドミスだが、彼女の中では過去の話になっている。


 誰も誘う人間がいないのだから新規の入部も見込めず、学園の職員としては、既に廃部したという認識でいたからだ。

 このまま話が片付きそうだと焦った姫は、右手を伸ばして課長を制止した。


「部員不足だから廃部の方針でいる。これが前提で間違いないな?」

「恐れながら、その通りでございます」

「つまり部員の補充さえ叶えば、存続の目もあるわけだ」

「左様でございます」


 騒いだところで決定は覆らないと切り替えた姫は、建設的な議論を――再建に向けた方策を考え始めた。


「サークルを維持するための最低限の人数と、その他、必要な項目をご教示いただけるか」

「所属人数は4名です。また、存続のためには定期的な活動報告が必要となります」


 簡潔な返答を受けた姫は、暫し思案した。

 人数については自分と、幼馴染のドミナがいれば2人は確保できる。


 幽霊部員になるつもりはなく、定期的な活動については問題ない。

 つまり2名の新規部員を獲得することが、存続の課題だ。


「期限は?」

「多少の融通は利きますが、今学期中か、遅くとも年度末までには条件を達成していただきたく存じます」


 グロリア学園は二学期制だ。長期休暇を除いた4カ月がタイムリミットであり、最悪の場合は1年後まで期間を延ばせる。


 本来であれば今すぐにでも廃部にするつもりだが、相手がお偉いさんなので、かなり緩い条件を示されているということだ。


 彼女たちは現状をそう理解した。


「いいだろう。それくらいなら、何とかなりそうだ」

「上下関係を築くことは、学園生活でプラスに働きます。兼部を推奨いたしますが、如何されますか?」


 単位制の学園なので当然、試験で合格点を取りやすい講義が人気だ。


 講義の詳細を先輩から伝え聞けば、好成績を残しやすい科目を選べる上に、過去問があれば更に難度が下がる。


 書き込み済みの教科書を部内で引き継いでいく風習もあるので、人気のあるサークルに所属しているほど、学業でも優位を取りやすい。


 確かにこれらは大きなアドバンテージだが、彼女らはあっさりと兼部の提案を蹴った。

 英才教育済みのため、試験の難度が上がる程度は何の障害にもならないからだ。


「3年までの内容は履修済みだからな。苦手科目でなければ問題ない」

「私もです」


 姫と公爵令嬢を不人気――どころか廃部が決まった――サークルに入れるのは、もちろん問題がある。

 しかし口ぶりからするに、彼女らはご家庭で了承を受けているのだ。


 ならば話を引き延ばすこともないと、老女はただ判を押した。

 そんな一悶着を経て、学生課を出た二人は安堵の息を吐いた。


「入学早々からつまづきかけたが……どうにかなったか」

「これからが大変そうですけどね」

「なに、入ってしまえばこちらのものだ」


 廊下を歩きながら、屈託なく笑う姫は、改めて宣言する。


「さあ、私たちの手で槍術研究会を――槍術研究会槍サーを復活させよう」


 むしろ目標がある分、彼女らにとっては、ただ入部するよりも有難かったくらいだ。

 古豪。古き良き槍術研究会を救うべく、彼女たちは立ち上がった。



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