第十一話:光
光は怪異を一周して縛り上げる。小さい頃読んだ西遊記を思い出した。
といっても縛られてるのは頭じゃなく胴(といっていいのか)だけど。
暗がりの森の中、難なく時雨くんへ辿り着けたのはその光のおかげだ。怪異が目印となってくれた。
「うわー、かわいそ。動けないネー」
胴に沿って腕の自由も奪われていた。
左右へ上体を振る怪異の姿に万里さんが笑う。
「イキっちゃうからそんな目に遭うの。だっさ。人質はねこっち次第なのよ。分かる?」
「ギイイイイイ……」
「取る側が優位なわけじゃない。有効とは限んないんだねー。そもそも人質無視する奴も――」
「ヴヴ……イ……イイイ……」
「黙って聞けよ。祓うぞ」
やっぱりコイツ人間の言葉を理解してるんだ。ピタと声が止まった。
祓われたくないよね、怪異だもの。
「えーとなんだっけ」
「グ……グギギ……」
「あ、そうそう人質か」
「ギイ……?」
「俺? 俺はねぇどっちでもない」
すごく待って。怪異と喋ってんの?
嘘でしょ、嘘だと言ってよ。
「お前が何しようと関係ねーの。だってお前、めっちゃトロいし」
「ヴヴヴ……グアアッ!」
グワッと怪異の顔が迫ると万里さんは指をパチンと鳴らした。
瞬間、グググッと縛っていた光が強く締め付けて体が絞られていく。
「学習能力なさすぎだろ、めんどくせぇ」
呻き声をあげる怪異を横目に、首への圧迫がなくなってしゃがむ時雨くんへそろそろと近づく。
「時雨くん!」
「……」
地面に膝をつけて顔を覗き込めばカチカチと歯のぶつかる音がした。
「いがら……、俺……」
「大丈夫だよ! アイツはもう時雨くんに何もできないから!」
「あ……ああ……」
おそるおそる喉に伸ばした手がガタガタと震えている。
そこを擦る手をぎゅっと握って「大丈夫だよ」と繰り返し伝えれば、時雨くんは顔をあげた。
「お、俺……ほん、とは……、こんなの解放されたい……。ふつうに、生きたい……んだよ……」
「うん……」
「でも段々分からなくなって……。だって俺を殴って蹴って笑うアイツらとコイツ、どっちが化け物……?」
「時雨くん……」
首を掴まれても祓われることを拒絶した。
それほどまでに彼は日々、虐げられてきたんだ。
だけど怪異の手が離れて体が恐怖を訴えている。
それほど、奴の力は圧倒的だったんだ。
時雨くんの頭に万里さんの手の平が落ちる。
そのままぐしゃぐしゃと撫でられて、時雨くんの表情は見えなくなった。
「時雨くん、衝撃くると思うから耐えてね。櫂にしがみついてな」
「え……耐え……?」
万里さんは左手で時雨くんの両目を覆った。
「キミは強い。悪意に染まらなかっただろ、それは誰にでも出来ることじゃないんだよ」
僕と時雨くんの間に万里さんの右手が滑り込む。
そっと胸部に触れると時雨くんの体が後ろへのけ反るから僕はしっかり背中を支えた。
怪異の切り離しは僕の顔を歪める。
時雨くんの体から溢れ出る重苦しい空気が辺りに広がって、嫌だと脳が叫んだ。
離れたい。気持ちが悪い。
なんだこの空気……。
時雨くんの体をぎゅっと抱きしめる。
漂うその嫌なものが纏わりつくけれど、僕は、僕には役目がある。
「ううっ……!」
「時雨くん、大丈夫だよ!」
「いーいこと教えてやる」
突風が地面を、森を揺らした。
怪異が時雨くんの体から離れていくと抱きしめていた力を少し緩めて、僕は空を仰いだ。
「てめぇら以上に俺ってさぁ」
そばにいたはずの万里さんはもういなかった。
木を、まるで道のように駆けあがっていく。
「化け物だから」
僕たちの真上にある空に月が見えた。
「ウガアアアアッ!」
「ははっ、うるせ」
長い爪が月に照らされ光る。
万里さんは振りかざされるそれを膝で受け止めてそのまま怪異の顔を蹴り上げた。
反り返った体を万里さんは踏みつけるようにして、地面へ急降下する。
「あのひと、すごいね……ひとりで……あんなばけものあいてにして……」
「……うん。かっこいいでしょ」
地面へ叩きつけられた怪異はすかさず立ち上がるけれど、既に万里さんは奴の懐に入っていた。
拳が体にめり込んで、白い光が黒を貫く。
「うん……。全然目で追えないけど、笑ってるもんね。余裕なのかな……」
……いや、あれは余裕もあるだろうけど怪異をいたぶって楽しんでるんじゃないかな。
だって肉弾戦でいく必要ある?
なんか光出てるじゃん。アレで縛ったりとかできるんなら、あそこまでの肉弾戦って必要ないよね。
かっこいいって言ったの訂正しようかな。
「こっちに手まで振って……、俺を気遣ってくれてるのかな」
いや、怪異を挑発しているだけだと思う。
あの人ほんと性格が、ね。
「……五十嵐くん、ごめんね」
「うん?」
「さっき俺、ひどいこと言った」
「……そうだっけ」
響く、痛めつける音。怪異の叫ぶ声。
なのにどうして僕らの間には穏やかな空気があるんだろう。不思議だ。
「ねぇ……俺死ぬのかな」
「死なないよ」
「そう、なの……? なんか体がどんどん冷たくなってるけど……」
「少しの間眠るだけだよ。時雨くんの中から異物が消えるから、ちょっと休憩しないとなんだ」
「そ、っか……。良かった」
花火があがる音がした。
あぁ、お祭りも終盤なのか。
ここからじゃ花火は見えないな。
「……俺が起きたら」
「うん」
「また、また友達に――」
真っ白な光が黒を消滅させる。
「え、僕たちいつから友達じゃなくなったの? 僕ずっと友達ヅラしてたよ、恥ずかしい」
「……はは、そ、か」
眩しかった。
だから一度瞼を閉じて顔を伏せた。
僕の知る笑顔が腕の中にあった。
涙が流れて時雨くんの頬に落ちた。
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