第九話:悪意は救い
***
うっそうとした森のそばにある何でも屋の周りは基本静かで、道路を走る車の音以外あまりない。
だけど今日は違う。近くの歩道にはたくさんの通行人がいて、騒がしい声が家の中まで聞こえる。
「もっと住宅街でやりゃいいのに」
「万里さん、行きましょうよ」
「すぐそこなんだし一人で行っといで、お駄賃あげるから。はい、百円」
「一人でお祭りはつまんない……」
今日は近くの広場でお祭りをやっている。
でもいつもと違うのは外の話だけじゃない。
東雲が不在である。友達とお祭りに行くようでそれはそれは嬉しそうだった。
普段はダラダラしてる万里さんが真面目にパソコンに向かうのも珍しい。
いつもと何も変わらないのは僕だけ……。
「わーったよ、先行ってろ。追いかけるから」
「えっ! 本当!? 本当に来ます!?」
「電話あるから、それ終わったらな」
「やったぁ!」
両手をあげて万歳すれば、ふはっと噴出した万里さんの大きな手に頭を撫でられた。
*
「時雨くん!」
太陽が沈んでもじっとりした暑さが纏わりつく。シャツの裾に指をひっかけて風を送りながら何でも屋を後にした。
遠くから聞こえる太鼓の音と子供の笑い声に頬を緩めながら微かに傾斜になっている道を下る。
見えた横断歩道の向こう側は浴衣を着た人や家族連れがぞろぞろと、同じ目的地へ向かっていた。
そこを渡る寸前、僕の目は左手にある森へ。
車のライトに照らされハッキリ見えたんだ。そこを見上げている時雨くんの姿が。
「え、五十嵐くん?」
「すごい! こんな偶然ってあるんだ!」
駆け寄る僕を見る目が僅かに大きくなる。
彼の返信を待つことはやめたけれど、でもこうして会えた時は話しかけてもいいよね。
「お祭りにきたんでしょ? 僕も行くところ」
「あー……ううん、俺は行かない」
「え?」
お祭りプラス偶然の再会。僕が浮かれているだけなのか、時雨くんとの温度差に少したじろぐ。
再び森へ目を向ける時雨くんにつられて見れば、昼間とは違う空気を感じて背筋が伸びた。
「五十嵐くん祭り行くんでしょ。じゃあ」
「いやいやいや! じゃあ、って」
整備のされていない。人も寄り付かないそこへ進もうとするから「ここ入るの!?」と腕を掴んだ。
他に比べて茂みのない一角はまるで入口に思えるけど、そこは多分そうじゃないよ。
「一人で? あ、もしかして友達来るとか?」
「……どうしてそう思うの?」
「この前、見かけたから。あの、三人でこう、肩組んで歩いてるの」
「肩……。あぁ、友達じゃないよ。クラスの奴」
「あ、そうな」
「俺をいじめてる奴ら」
時雨くんは小さく声をあげて笑う。ははと。
さらりと伝えられた言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
え、今、なんて……。
「ごめんね、五十嵐くん。返事しなくて」
「え、あ、ううん……」
「もう会いたくなくって」
「……」
あまりにもストレートな言葉なのにそれが僕に刺さることはなかった。
更に彼は続けるから。
「俺さ、俺の中にもさ、いるんだよね」
どくん。心臓が大きく跳ね上がる。
いる、とは。なんて疑問も生まれない。
だってあまりに簡単に結びつくものがある。
「俺の首に爪立ててるの見えてるんでしょ?」
思わず自身の喉を擦ったのはその言葉のせいか、それとも呼吸が浅くなっているからなのか。
僕は首を横に振ることもできなかった。
「最初は俺頭おかしくなったのかなって思ったんだけど」
待って、待ってよ。
「でもコイツがいるとさ心が落ち着くんだ。アイツらを殺すイメージがどんどん湧いてきて」
時雨くんは今、何の話をしているの。
コイツ? アイツら?
「俺がアイツらを憎く思うとコイツどんどん大きくなってさ、なんか育成ゲームしてる感じ」
色々とショックな言葉が並んでいるのに、感情がついていかない。
心臓がバクバクしてるだけで、その音が頭の中に響いて、時雨くんの声が妙に遠い。
「……五十嵐くんといる時だけ、普通に楽しかった。ドロドロした気持ちがなくなって。でもそれ以外の時間の方が長いわけじゃん。アイツらには呼び出されるしさ。なんかもう、憎悪と楽しいが交互にあってぐちゃぐちゃだった」
時雨くんはそばに生えている草に指を伸ばして一撫で、二撫ですると、それをブチブチッと引きちぎった。
「あの時、俺見ちゃった」
やっぱりそうだった。だけどそこからの展開は僕の想像していたものではない。
「俺妖怪とか好きだし、そういう類のもの調べたことがあって。……五十嵐くんはコイツやっつけちゃうんでしょ。祓い屋? ってやつだよね」
「……僕にはそんな力ない、よ」
「でもあの時いた女の子はそれができるんでしょ」
「……」
「だから俺、逃げたんだ」
「にげた……?」
「そう。もう五十嵐くんと関わりたくない、コイツがいなくなっちゃうって思って」
全く、全く違う。恐怖したから僕を避けただなんて、そんなことじゃなかった。
「アイツらからのいじめに耐えられなくなる。コイツがいると俺はアイツらへどう復讐してやろうかって頭が冴えていくし、自分をこの世から消そうとは思わなくなったから」
車道を数台車が走り抜けた。
その音が消えると今度は声がした。
「逃げるの終わりか、時雨ェ!」
「さぁて! 今日はどんなゲームにしますか」
背後から飛んできた二つの声に僕は振り返ることができなかった。
時雨くんの顔にある笑みが僕の体から動作を奪う。
まるで怪異だ、そう思った。
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