第八話:とある一日


 入口に戻ると時雨くんはいなかった。

 三人で探したのに、どこにも。

 送ったメッセージの返信も未だない。


 何かしたかなという不安や何かあったのかなという心配は直後の話で今は別の考えに至っている。


 時雨くんは怪異を見たのかもしれない。だから僕を避けるのではないか、と。

 なら僕は待つしか出来ない。



 ***



「掃除終わったし買い出しも済んだ、来客なし。万ちゃん、組み手お願いします!」

「やだ」


 本日のおやつ(苺大福)を頬張って万里さんは即座に拒否する。

 いやはや。東雲はあの日からより一層訓練お化けになってしまった。


「東雲は何であの犯人に行き着いたの? 偶然?」

「え、あー。夏休み前から話題なってたでしょ。近所の子供とか中学生を物色してる男がいるって」

「え? 知らない」

「気持ち悪いねーって学校でも……。あ」

「そんな悲しい察し方はされたくなかった」


 僕らのやり取りに万里さんがぎゃははと声をあげて笑った。あ、むせてる。


 夏休み前。ううん?

 確かになんか聞いたような……?


「標的が人間って見た時それ思い出して。友達に連絡したら声かけられた子がいるって言うから」


 だから調べることにしたと。なるほど。

 ところで話は変わるのだけど、僕には気になっていることがある。今もちらっと出たけれど。


「東雲はさぁ友達と遊ばないの?」

「え? そうね、休みは訓練したいもの」

「訓練も大事だけどさ、友達との時間も今しか得られないものだと思うけどな。その関係がずっとあるとは限らないんだし」


 静寂が流れてハッとする。

 しまった。事情を知っている二人の前で僕はなんという言い回しをしたんだ。


「ほら櫂、おいで。いい子いい子しよーね」

「櫂、良かったらあたしの苺大福……あれ?」

「ごめん、食べちった」

「万ちゃん……」

「紅葉いらないっつってたからー」


 全く、と息を吐いて東雲はその場に腰を下ろす。

 フローリングに正座は痛かったらしい、足を斜めに崩してちらりと僕を見た。


「遊ばないのは訓練だけが理由じゃないわ」

「え?」

「……友達と遊ぶ時に着る服、持ってないの」


 まさかの言葉にびっくりした。

 表情はまるで拗ねてるみたいだった。


「服買いに行こうよ!」

「え?」

「おーいいじゃん、行ってこい行ってこ」

「万里さん運転お願いしますね!」

「えぇぇぇ……勘弁してよ……」

「せっかくの夏休みなんだし! 仕事以外の思い出もしっかり作らなくちゃ!」

「二人で行ってどーぞ。俺お留守番してる」

「で、その服着て友達と遊びなよ!」

「でもあたし流行りとか分かんないし」

「大丈夫! 僕らには店員さんという強い味方がいる!」

「無視すんなよ、万里さん泣いちゃうよ」



 *



「東雲はどんな服が好きなの?」

「え、動きやすいやつ……」

「祓うこと考えないでもらっていい?」


 ショッピングモールに入ると、東雲は「場違いだわ」と万里さんの後ろに隠れて歩く。

 Tシャツにデニムというスタイルは別に悪くないと思うんだけどな。小物加えるとかしてさ。


「しかし、すっかり秋冬もんばっかだねぇ」

「万里さんって冬はどんなふうになるんですか?」

「それは生き方的な話?」

「何で? ファッションですよ。そのスタイルならサラッとロングコートとか似合うでしょ。僕が万里さんなら着る!」

「俺ときたら、大体似合ってしまうのよね。寧ろあちらが俺に合わせてきてる節まである」

「アータシカニー」

「俺さぁ、一回さぁ、めっちゃ気に入ってたコートをさぁ、クソ怪異に焼かれたの」

「あの時の万ちゃん怖かったな。ギリギリで仕留めないでいたぶって。泣いても許さないのよ」

「えっ、怪異泣くの!?」

「怪異も生きてるもの、成長が進めば喋るし」

「しゃべ……。へぇぇ」


 泣く怪異は想像できないけれど、祓う万里さんは多分笑ってたんだろうなと想像できた。なかなかにカオスだ。こわい。


「ま、動きやすい服が一番かな」

「万里さん、東雲と同じこと言ってますよ」

「やば。俺も服買お」

「あ、このショップ良さげだよ。東雲行こう!」

「え、うそ。待ってよ、櫂ぃぃ……」



 何でも屋でこんな風に出かけたのは初めてで。

 いつも堂々としている東雲の消極的な一面は意外だったし、通り過ぎる女性陣の視線を独り占めする万里さんはさすがだった。


「東雲は万里さんを目標にしてるの?」

「元が違いすぎて思ったこともないわ。万ちゃんって小さな怪異なら睨むだけで消せる人よ」

「え、こわ」


 服を見て回って、いろんな話をして。

 大体はしょーもないことで笑って。

 万里さんは隙あらば喫煙所に行って。


「人が人ならざるものになるのを阻止したいの」

「人ならざるもの?」

「悪意が膨れて怪異が大きくなっていくと、やがて人間は怪異に喰い潰される。そうすると、心と脳は壊れてしまうわ。生きてるし動くし喋るけど、そこにその人はいなくなるのよ。ただの器」

「……え、えぇ? そんなことって」

「そうなってしまってから祓っても、器が人間に戻ることは難しい」

「……」

「人が人のまま終えられる世の中にしたい。それが目標かしら」


 ちょっと真面目な話も聞けた。

 服も無事買えたし充実した一日だった。


 何でも屋に出会えて良かったと。いつか僕も二人に『仲間』として認められたいと思った。





 ――万里さんの運転での帰り道。流れる景色に時雨くんがいた。

 一瞬だったけど、間違いない。

 男子二人に肩を組まれ笑っているようだった。


 僕が今日、何でも屋への思いを強くしたように、日々何かが変わっていく。

 彼も時が進んでいる。そこに僕はいないけど、でもそれでいい。

 だって友達には笑っていてほしいから。



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