第五話:依頼


 *



 今回のは動物虐待をする犯人に潜んでいるであろう怪異の発見、退治である。



「時雨くんペット飼ってる?」

「ううん。俺ちょっと動物苦手で」

「あ、そうなんだ」

「意思の疎通ができない生き物って怖くって」

「妖怪は好きなのに?」

「実際現れたら嫌いになるかも」

「あはは」


 僕と東雲は近辺で飼われているペットや、野良たちの有無といった情報収集に走った。

 万が一この辺りで事件が起きてしまった時、すぐに対処できるようにだ。

 この場合の対処とは、被害に遭われた子に残る悪意を辿ることに他ならない。時間が経てばそれは跡形もなく消えてしまうらしい。


 依頼にここまで深く関わったのは初めてだ。

 精一杯、自分にできることをやろうと思う。

 


 *



「結構情報揃ってきたわね。住宅街なんてかなりペットいるわよ」

「野良はいないみたいだね」

「人気のない場所もチェックしましょう。使われてない空き家とか」

「ニュースで言ってたけどさ、やっぱりこれってそういうコミュニティがあるのかな」

「でしょうね。全国各地、同日な時もあるし」


 連日報道される事件の概要。続報。

 被害を受けたペットの飼い主のインタビュー、近所の声。憶測。それらを拡散するSNS。


 目にする機会が増えていくほど疑問や悲しみが湧きおこるけれど、真ん中に強く在るのは願い。

 一日も早くこんなこと終わってほしい。



 *



「もうすぐ祭りだね」

「あ、すっかり忘れてた。僕お祭り好き」

「俺も。あの雰囲気いいよね」

「分かる、日本に生まれて良かったって思うもん」

「うんうん。独特だよね」

「……まぁ一緒に行く人はいないけど」

「俺も……」

「あのぉ、良かったら一緒に行かない?」

「えっ、うん! うわぁ俄然楽しみなってきた」


 日課になった時雨くんとのお喋りは楽しい。

 短い時間でも言葉を交わす人がいるのが嬉しい。

 やるせなさや怒りを感じる中で、この時間だけは唯一穏やかだった。



 *



「動物虐待のコミュニティ特定されましたね。これで少しは落ち着くかな」

「悪意が育ってんならそんなん関係ないね~」

「え……。抑止にはならないんですか?」

「ならないならない。奴らに居座られたらどんどん自我消えてくから。そのことしか考えらんねーの」

「……そっか。だから祓うんだもんね」

「それにこうなるとな、属してる奴に限ったことじゃない。感化されたのかちいせぇ赤子がどんどん生まれてるよ」

「……万ちゃん。最近、一人で動いてるでしょ。その、祓ってるわよね」

「たまたま見つけちゃうんだよねぇ、ほら俺ってセンスあるしぃ」

「お金にならないのに?」

「見つけたら祓うわ。紅葉、お前は俺を何だと思ってんの~」

「……」


 とはいえ被害の件数は増えてはいなかった。それは各地で動いている万里さんたちの仲間が未遂で退治できているということ。

 未然に防ぐ。なんて素晴らしいのだろう。



 何でも屋を出ると東雲から「付き合って」と誘われた。


 僕の帰る方向へ自転車を走らせる東雲に無言でついていくこと二十分、キッとブレーキが鳴ったのは遊歩道だった。

 自転車を止め中へ進む東雲を追いかける。

 夜を迎えた今、街灯がぽつぽつとあるだけのそこはすっかり暗い。

 僕らはベンチに腰を下ろした。


「実はねこの前万ちゃんのパソコン覗いたの」

「はしたないよ東雲」

「秘密だからね」

「言えないよ、僕がコロサレル」

「でね件の情報があって。どうやらサイズとかレベルは並の怪異っぽい」

「え、並? こんな酷い事件なのに?」

「人間側の意識ね。大したことじゃないのよ、悪戯のつもりなの」

「そんな……。命だよ、生きてるのに」


 愕然とする僕を東雲はちらりとだけ見て、すぐに続ける。


「その中で気になる記述があったの」

「うん」

「祓った人間の中に変なダイレクトメールをもらってるのがいたみたい」

「……うん」

「動物ではなく人間の泣き叫ぶところを撮影します、って」

「え、それって。え、あれじゃないの、なんか殺害予告的な。警察には?」

「さぁ、そこまでは書かれてなかったわ」

「まずいって、通報しようよ」

「聞きなさいよ。その送信者、この地域在住なの」

「聞きたくなかった!」

「え、なぜ」

「だって東雲変なこと考えてる! 最近万里さんが一人で動いてるだなんだいちゃもんつけてただろ、絶対そいつ祓おうとしてる!」

「いいから聞きなさいって」

「アーアーアーアー、聞こえません。僕警察行く」

「行ってどうなるの? あたしたちの手元にはそのメールもないのよ?」

「……でもさぁ」

「だってあたしね、そいつ見つけたのよ」


 言うんだもの、東雲……。

 聞いちゃったよ、僕……。


「万ちゃんは多分その送信者を探してたのよ。でもあたしが先に見つけたの!」

「……東雲、万里さんに報告しよう」

「いやよ」

「……東雲ぇ」

「そいつの悪意は人間に向かってたわ。子供や華奢な中学生とか、そういうものへ」

「監視してたの!?」

「もちろんよ。でね、今から祓うから。櫂、サポートして」

「ハッ!? サポ……?」

「もうすぐここを通る。櫂は人間の方をお願い」

「え、ここ!? ここ来るの!?」

「そう。バイトが終わって大体十五分後くらいにここを通る調べはついてる」


 待って待って! この人何言ってんの!?

 ついていけないよ!


 こんなことは絶対駄目だ。

 万里さんに連絡しよう。そっとポケットからスマホを取り出した。

 東雲の視線は左に集中している。多分その人間が来る方向なのだろう。

 今のうちに万里さんに――



 ロックを解除したスマホに指を滑らせることはなかった。

 ずるりと力の抜けた手がぽんと膝に落ちる。


「あれ、五十嵐くん。何してるの?」


 東雲の言う時間、東雲の見ていた方向。

 どうして、キミが現れるんだ。


「時雨くん……?」








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