第四話:招集
***
自転車を三十分ほど飛ばすと僕が住んでいる町とは違う景色が広がる。
建物の背は一気に低くなり民家の間隔も空いていき、やがてそれすらほぼなくなったところで森が見えてくる。
そのすぐそばにぽつんとある平屋の一戸建てが何でも屋の事務所で万里さんの自宅だ。
「おはようございます!」
「……おー。すっごい元気だねー。きっつい」
勢いよく居間に飛び込めばフローリングに仰向けで寝っ転がっていた万里さんと目が合った。
飲料の入ったビニール袋を抱えたまま、その顔の前に正座をする。
ガサガサと擦れる音に「ちょ、うるさい」と万里さんが顔をしかめるのでスーッと床を滑らせた。
「あ、櫂おはよ」
「東雲! おはよう!」
天井から床まである掃き出し窓をカラカラと開けて東雲が庭から入ってきた。
珍しく髪をひとつにまとめて、オーバーサイズの白いTシャツにベージュのハーフパンツと、夏休みだから当然なのだけど制服ではない。
僕の挨拶に「うわ、しんど」と顔を歪めながら手にしていたタオルで首を拭った。
「万里さん聞いて!」
「え、あー、うん」
頬杖をついた万里さんは苦笑がどんどん濃くなっているけど、気にせず僕は前のめりで言いたくて仕方なかった報告をした。
「僕さ新しい友達ができた!」
学校でしか人と交流していない僕が夏休み期間中に友達ができるなんて。あのワクワクした気持ちは前兆だったのかもしれない。
同じ高校に通う二年生、
アイスを半分こしたあの彼と僕は友達になった。
最初はお互い無言でアイスを食べていたのだけど、会話を始めると楽しくて。
趣味が一緒だとか、そういう共通なものがあったわけではないけど、ウマが合うってあーいう感じなのかも。
彼は読書が好きであの日も複数の本を鞄に入れていた。「お金ないから図書館で一気に借りてきたんだ」と笑って、好きな本の話をしてくれた。
様々な好きな物の中には妖怪もあった。
楽しそうに話してくれていたのだけど、すぐに顔を伏せて「ごめん、変だよね」なんていうから「いると思う!」と答えてしまったよね。
言えないけど怪異は存在しているもの。
きっとその肯定を好意的に思ってくれたんだろうな。
連絡先を交換して、もう何度も会っている。
「なにその小学生みたいな報告。俺お前のお母さんだったっけ」
「万ちゃん、櫂はねクラスに友達いないのよ」
「え、あ、そうなの」
長い体を起こした万里さんに頭をよしよしされる。肘まである黒色の袖が時折視界に入った。
万里さんがこんなに優しいのは初めてだ。
でもそれは哀れみなので「いるよ」と訂正する。
「いるってよ」
「万ちゃん、そういえばあたし櫂の日常生活に興味なんてなかったわ。アンタどこの席だったっけ」
「東雲と同じ列だよ……」
さすがに冗談だとは思いつつも、本当にそうなのかもしれないとも思って、上昇していた気分は通常に戻っていった。
にしても二人とも普通だな。
その報告だけじゃない、柄にもなく元気溢れちゃったのは久しぶりの招集が嬉しかったからなのに。
「で、万ちゃん。今日呼んだのは依頼?」
東雲は万里さんの後ろにある座卓にグラスを三つ置くと僕が買ってきた麦茶を注いでいく。
僕と万里さんは並んで座り直した。
「最近全国各地で起きてる事件といえば」
「……動物が犠牲になってることかしら」
東雲が答えると万里さんはグラスを持ったまま人差し指をピンとたてた。正解らしい。
東雲の言ったものは、ここ最近ワイドショーやらネットニュースのトップによく出てくる悪質極まりない事件のことだ。
ターゲットとされてるのは動物。
野良の子や飼われている子が明らかに人間の手によって傷つけられているというもの。
命を落とした子はいないようだけど、野良の場合は分からないよね。もしかしたら発見されていないだけかもしれない。
それは夏休み前くらいから数を増やしていて、全国各地で被害が出続けている。
「で、各支部も動いてんだけどぉ」
「……」
万里さんの言葉に僕はスッと挙手をした。
「ハイ、五十嵐くん」
「各支部とは」
「万ちゃん、櫂に説明が足りなさ過ぎじゃない?」
はぁとため息をつくのは東雲だ。
当の万里さんは「言ってなかったっけ」とへらへらしている。
「あたしたちだけじゃなく他にも祓う人がいることは話したわよね」
「うん、それは聞いた」
「そそ。そこで俺は一番つよーい」
「はい……それも聞きました」
「紅葉はすーぐ俺の自慢しちゃうよね」
人の心なんて読めないけど、多分僕と東雲は今同じ気持ちだと思う。無視しようって。
「能力を持つ人たちは把握されていて、大きなひとつの組織になっているの。フリーで動いてる人もいるにはいるけれど。まぁそこから話があってあたしたちは祓いに行くのよ」
「……えっ! 何でも屋に依頼がきて、っていう流れなのでは!?」
「基本は上からの指示よ」
「じゃあどうして何でも屋なんて……」
僕の疑問に答えをくれるのは万里さんだ。
形のいい唇をニヤァといやらしくあげると、右手の親指と人差し指で作った丸を逆さにし「これよ、これ」と、小刻みに揺らした。
「間口を広げとけば奴らが知らない祓いモンあるかもじゃん? たまぁにいるんだねぇ、おいしいの」
「うわぁ……」
「万ちゃん、言い方」
「俺は俺のためにしか動きたくないからねー」
すごい、すごい嫌な顔で笑ってるこの人。
これが大人ってやつか……。
言ってることクソガキみたいだけど。
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