第406話 臨界35(橙木サイド)
「…何をするんですか?」
問う
「こいつとアレを止めるうえで協力してくれた奴がいる。その条件が、この女を殺さないことよ」
「寝言を抜かすならナイトキャップを付けてもらえますか?」
冗談と受け取られても仕方がない発言だ。戦場でのルールなど実際にありはしない。ましてや、それが人間相手ですらないのだ。だが、真理の頭の中にはこの状況以外のことも描かれている。
「ナイトキャップを付けて、枕を高くして眠るのはもうちょっと先よ。勿論、腕枕なんて夢を見るのもね」
九竜の文句に切り返し、真理はこれから起こるであろうことを説明する。
「この女を生かしておくことはこっちにとってメリットになる可能性があるわ」
「こいつを抑えたと伝えれば吸血鬼どもの統制は取れなくなる。そこを各個撃破すればいいということですよね。それなら、生かしていようと殺してしまおうと変わらない」
「問題がそれだけで終わるのならね」
今の状況を語る
「戦いはこれで終わらない。
「ハッ」と九竜は鼻で嗤った。お前の発言が余りにも異次元過ぎるとそれだけで物語っていたが、すぐに表情は冷静な顔に戻る。
「この女が協力するはずがない。さっきのあの狂気とヒステリックを目の当たりにしたはずでしょう?誰を殺したか、殺していないのか関係はない。怪物には人間の言葉は通用しないということが今日これまでの戦いで理解しているはずです」
九竜の根拠はしっかりとしていた。本当は、真理としても同じだ。同じなのだ。口にする代わりに下唇を嚙みしめて必要以上の言葉を抑える。
「…分かっているわ。アンタが言いたいことぐらい。でも、私たちがやらなければならないことは、戦うしかないってことよ。それに、私たちは間違ったことなんてしていない。あの日、私たちがしたことは正しいのだと言い切ってやるわ。高みの見物をしているだけのあいつらに殺される謂れはない」
片手で握っていたヴァルキリーを強く握り締める。九竜にもそれが何を意味しているのかをしっかり理解したようだ。光の消えた瞳に少しずつ、少しずつ戻っていくのが意味ある言葉だったことを証明している。
しかし、神というのは自分の退屈だけは許せないらしくシナリオの不備は如何なる手を使ってでも埋めようとしてくる。
「その主張、承諾しかねます」
屋上の端から聞こえたのは、ハーツピースの声。戦いは一区切りついているため状況を把握すべくこちらに移動してきたのだろう。話を耳にした彼の表情はこれまで目にしてきたクールさなど欠片もない憤怒に満ちたものだ。番えた矢の示す先は、エウリッピ・デスモニアに合わせられている。
「最初に言ったはずです。自分は、この女を生かしておくつもりはないと」
「話を聞いていなかったの?二度も同じことを言うのは好きじゃないんだけど、私はこの女を使えるかもしれないから生かしておくべきだと提言している」
「聞いていますよ。自分ならこの女を有効に生かすことが可能であるという傲慢極まりない言葉をね」
「傲慢?私は自分ならどうこうできるなんて一言も言ってない。上げ足取りは止めてもらえる?この先のことを考えているというのなら何か物申してもらえる?納得が出来るように。まさか、日本政府に全部を委ねるなんて言うつもりじゃないでしょうね?」
「それこそまさかですよ。彼らも到底信用を置けない。あわよくば我々をいいように利用して、ときが来れば羊にする。こちらが頼み込んでしまった以上立場は圧倒的に弱い。所詮は切り捨てられるのは、遅いか早いかの違いでしかない。ですが、わざわざ獅子身中の虫になりうる存在を身に抱えるのは余計に手間が増える。我々はまだここで止まるわけにはいかないのに」
理知的に、されども2人の交わす言葉は熱を帯びていく。そのような状況ではないことを両者ともに理解しているはずであるのに。そして、僅かな齟齬が発生していることをこの混沌とした状況が包んで覆っていく。
「アンタにも理由があるわけ?」
「1つだけですよ。自分は、
真顔で口にした理想に九竜も真理も開いた口が塞がらなかった。恥じらいも強さもない平坦な口調と声音が余計に拍車をかけた。
「本気?そのセリフ」
目を険しくした表情をそのままに真理が引き金を絞りつつハーツピースに詰め寄る。だが、本気であることはハーツピースの表情と結んだ唇からうかがえた。
「本気ですよ。跡形もなく自分はこの世界を壊す」
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