第388話 臨界17(グラナートサイド)

 わたしには、宝物がある。命よりも大事な、何に変えても守りたかったものが確かに存在した。生きる意味、戦う意味。わたしにとって妹というのはそういう存在だった。


 世界は、全部灰色だ。殺して、壊すだけ。来る日も来る日も同じことを繰り返すだけ。


 それだけが、世界の全てだった。それは、妹が出来るまでの時間の話。


 世界は、カラフルになった。愛して、守る。灰色だった世界があの小さな命を目にして、触れて自分の中の世界が動いた気がした。



 時間とは斯くも残酷なものかと思うのは長すぎる別れが思わせるのかと思いながら最愛の妹と向き合う。暗色に無骨なプロテクターを纏っている姿が在りし日の鎧姿と重なる。


 色は、灰色だ。違う色は1つもない。もう少しだけ近づいてくれれば触れることが出来るのにと思うと心細さを覚える。


「あの日以来?ちょっと痩せた?」


「そっちは髪が伸びた?」


 グラナートは「~ん」とブロンドの髪を弄る。


「伸びたみたいだね。あ、終わったら切ってよ」


「構わないよ。昔みたいに短くでいい?」


「いいよ。昔みたいに可愛く切ってね?」


 葵の記憶にあるグラナートはショートボブが基本だった。小柄な矮躯で起伏に乏しい体だったことから少年と間違われることが多々あった。本人は特に気にしておらず、むしろ仲間内ではそれをダシに盛り上げの材料に使ってすらいた。


「そういえば、エウが置いていったのがあるんだけど飲む?」


 右側にあるテーブルを指さすと純銀の瓶が置いてある。中身は言うまでもなく採りたての血だろうと葵は見当をつける。


「血は苦手だよ。昔から」


 葵が宣言すると瓶にナイフを投擲した。ブスリと突き刺さると表面は大きく凹み、内側から赤い液体がごぼごぼと溢れ出る。


「じゃ、わたしもいらない」


 百面相かと思えるほどにグラナートの表情は微笑から凄絶なものに変わる。表情が、声音が戦いの鏑矢になることは2人には十分すぎるほどに分かった。グラナートの手には人一人など余裕で締め上げられるだろうと思えるほど頑丈そうな鎖が握られている。先端には鉄球が付いていて武器として使うことも可能な形状だ。


「息の根は止めないから安心してよ。手足の1本ぐらいはグチャグチャにしちゃうかもだけど、死なないからいいよね?」


 凶悪な形状はグラナートの体から溢れ出る殺意を象っているとすら思えた。死なない程度にやるという言葉など嘘だと思えてしまうほどに刺々しい。葵は自らの喉が鳴ったことに気づかなかった。


「剣を使わなくていいのか?」


「いいよ。だって、わたしが負けることなんてないんだから‼」

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