第387話 臨界16(葵サイド)
こんな日がやってくるなんて、夢にも思っていなかった。少なくとも無いものねだりなんてものが力を持つことがないことを理解している葵は本音のところを言うのならこんな日は訪れることがないと思っていた。
漠然とした期待は、あった。それと同じぐらいの諦観があった。シーソーのように揺れ続けていた秤はやっと落ちるべき方向を定めた。
妨げるものはいなかった。アタシたちが歩む道に躓く原因になる小石はすべて取り除かねばならないとグラナートが語っているようだった。よって、目的地であろう王の部屋へたどり着くのに多大な時間は必要なかった。
白亜の門の前に立つと待っていたと言わんばかりに扉が重苦しい音を立てて開いていく。ゴゴゴという音は右では歓迎、左では拒絶。左右の耳では違うように聞こえる。
足は、前に出ない。足元に何かが纏わりついているような気持ち悪さと重さが進ませてくれない。
『私たちを見捨てるの?』
一歩、下がらせる。
『痛い。痛い…』
昼間の声だ。痛みに呻く声は既に死に体と思ってしまうほどに大きな穴が腹に空いている。漏れている腸は腐っていて蛆に食われていた。両目は存在していない。底の見えない眼窩はどんな色を最後に見て、帯びていたのか嫌な想像をさせる。
一歩、下がらせる。
『助けて、助けてよ…』
泣きじゃくる
一歩を新たに踏み出そうとした足を止めさせる。
『気に、しなくても構わないんですよ?』
目の前にいるのは、
前に進ませてくれた。纏わりつく闇を無理やりに引きちぎるように。
『行ってらっしゃい』
振り向くと、何もない。白い世界がずっと広がっているだけだ。花も何もない。残酷なまでに真っ白く、清潔な空間が鎮座している。
「賽は投げられた。…行け」
冷や汗が背中に伝った。その体のままに葵は前へ進む。白い世界は葵を人間の世界に生きる者からカルナという殺戮者に戻していくような気がしてならなかった。道の先には、最愛の存在が優雅に待ち受けていた。
あの日と同じ、記憶にある昔日と同じ白い服。妖精か天使と見まがうほどに可愛らしく幻想的な見た目。モサモサの薄いプラチナブロンドの髪と蛇を思わせる美しい翠眼に吸い込まれそうになる。
「エロイムエッサイム。我は求め訴えたり。願ったら、叶うもんだね」
グラナート・アラトーマは小さく、それでいながら抑えきれない興奮と歓喜を爆発させた笑みを浮かべている。
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