第377話 臨界6(パルマサイド)

 パルマが左手を掲げ、ジャンプをするとアサルトライフルの雨がサードニクスを迎える。


「うおっ⁉」


 短い悲鳴を上げるとサードニクスは緊急停止をして無理やりに体を後方に下げる。あと一歩遅れていたらハチの巣どころの騒ぎではなかっただろう。実際に壁が文字通りに蜂の巣のように穴だらけになっている。頬と鼻先がちょっと切れただけで終わったのは僥倖と受け止めるべきだろう。


「惜しかったぜ。あと少しで終わったのによ」


「ちっ」と露骨に舌打ちをするとパルマは如何にも悔しいと物語っている。


「…狡い奴だな」


 サードニクスは頬と鼻先の傷を指で拭う。


「気に入らんな。正々堂々と戦うつもりはないらしいというわけか」


「期待を裏切っちまったみたいで悪いな。こちとら傭兵暮らしが長かったもんでな。勝つためなら手段は選ばない」


 もたらされる静寂は互いに動かないということに直結する。片や勝つ芽を確実なものに成長させるため、片や足元を掬われて一気に滑落する可能性を失わないために。


「嫌になっちまうぜ。こういう戦いは性に合わないからな」


 本当は今にも壁にストレスをぶつけて発散したのだろうと思えるほどにサードニクスは苛立っている。共鳴リベラスを抜けばこの状況をひっくり返すことが可能であるにしても一息に詰めようとしないのは人間側を警戒してのことだろうとガネーシャは解釈した。


「とっとと負けてくれればそのイラつきも消し飛んでくれるぜ。余力は出来るだけ残しておきたいからな」


「そんな余裕が残ると思うなよ。人間‼」


 床の一部が吹き飛ぶほどの力を籠めてサードニクスは突きを繰り出す。鉄扉を破ったマレーネには劣るものの人間が食らえば一溜りもない威力だ。廊下であるため前後にしか移動できず天井に逃れたところで隙を晒すだけ。サードニクスがそれを逃がすほど甘くない。パルマはどうするのかとガネーシャは出方を伺う。


「ま、そうくるだろうな」


 アサルトライフルを取り出すやパルマは床に連続で弾丸をばらまく。埃が巻き起こり中へとパルマが姿を消す。あの速度では止まるのは難しい。仮に止まったとしてもエネルギーを強引に発散させようとして如何にも突き刺してくださいと言わんばかりに甘えた猫よろしく腹を見せることになる。


「クソがっ‼」サードニクスは悪態をつきながら壁に左手を添え強引に攻撃をキャンセルする。ガリガリと削れる壁と剥がれた爪が攻撃の激しさを物語っていた。


「一歩遅いぜェ‼」


 声が聞こえたときにはサードニクスの体は仰け反っていた。真上を埃ごと片刃が切り裂き通過した。ゴロゴロ転がるとサードニクスは膝をついて立ち上がる。


「本当に当たらねェな。前座と長いこと遊んでるつもりはないだけどなぁ。まぁ、小紫甘楽こむらさきかんらより劣る俺じゃあこんなもんかねェ」


 わざとらしい舌打ちをしながらパルマは片刃を握る手をぶらぶらさせ、余裕をわざとらしくちらつかせながらサードニクスを見る。自分たちが圧倒的に上にあると思っていたはずの存在に下に見られているというのは神経を逆なでるには十分すぎた。


 サードニクスの顔が険しくなる。眉間に寄った皺と強くなった目の力が今の言葉が途轍もない屈辱だったのだと物語っていた。


「その言葉、忘れるなよ‼」


 振るった刃は空振り、空振り、空振り。全ての攻撃が当たらない。悲しくなるほどの風を切る音が壁や床を傷つける結果にしかならない。これがとんでもなく危険な状況であることをガネーシャはおろかサードニクスも認識しているはずだ。


「おーおー、怖いねェ。折角のハンサムが台無しだぜ」


 マタドールのようにヒラリと躱すとサードニクスの腹を狙って片刃を振るう。だが、ガキンと鋭く響いた耳障りの音が結果を物語っていた。腹部を切り裂き腸をぶちまけるはずだった片刃は導器ミーセスに防がれて立場が瞬きをするうちに逆転した。絶好のチャンスをわざわざ逃すサードニクスではない。


「あの女に劣るなら、俺に及ばないという話だ‼」


 サードニクスは柄から手を離すとそれを支点にパルマの頭を掴んだ。逃がすつもりはないと両手に力を籠める。皮膚に食い込んだ爪は肉に触れた。


「おおおおおおおお‼」


 頭を掴むとサードニクスはパルマを廊下の彼方へと弾き飛ばす。放置していた導器ミーセスを左手に持ち、追撃は直進せずに壁そのものを走った。そのあとに空気を破るアサルトライフルの音が弾痕を刻む。パラパラと落ちる壁の欠片が意味のない成果として射撃手に与えられる栄誉だ。


「…痛」と声を上げながらパルマは起き上がっている最中だ。潰すチャンスはここだとサードニクスは導器を翻らせる。狙いは、頭或いは首と見せかけて心臓だ。


「死ね‼」


 パルマの右肩からずぶりと刃が入り込んだ。音も、人も何もかもが動くことを止めて次の行動を見守っている。

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