第374話 臨界3(サードニクスサイド)

 切り捨てる、切り捨てる、切り捨てる。人も銃も何もかも。壁に刻まれるのは弾痕、血痕、鋭い刃によって刻まれたもの。形状は様々だ。中には血によって刻まれた手形まで存在している。それだけの単純作業にやりがいを見出すことはない。翻る刃は斑に血に濡れてはポタポタと雫を落とす。冷え切ったガネーシャの表情と濡れた刃は力なきものを震え上がらせるには十分だった。


「ひ⁉」と短く悲鳴を上げると銃口をガネーシャに向ける。それに合わせ、切っ先を相対す者たちにぶつける。


「戦意がない者は、下がってください」


 フラットな物言いでガネーシャは忠告を送る。尚も下がろうとしない者たちに釘をさす。


「戦うことを放棄すれば、命を奪いはしません」


 ガネーシャの警告に辛うじて精神を保っていた兵士たちは手に持っていた得物を次々に床へ落としていく。ホールドアップしてこれ以上の反抗はしないことを明示する。


「情けねえ。もっと骨のある奴らは居ないのかよ」


 一方的が過ぎる蹂躙がよほど面白くないのかサードニクスは導器ミーセスを右手に欠伸をしている。シャツには血の斑点が付着しており既に多くの人間を手にかけていることが伺える。よって、大半の人間はサードニクスにも襲い掛かることはない。


「なぁ、そろそろ殺させてくださいよ~」


「キッヒヒヒ」と気味の悪い笑みを浮かべながらまだまだ殺したりないと多くの同胞が前に進ませろと訴える。


「少し待ってろ」


 鬱陶しいという雰囲気を隠しもせずサードニクスは今にも踏み出しそうな者たちを抑え込む。餌を目の前にお預けを受けている状態に誰も彼もが不満を面に張り付けている。


「骨のある奴と戦いてぇのか?」


 奥から声が聞こえ、ガネーシャらは解いていた構えを戻す。声音からでもこれまで遭遇してこなかった『強敵』であることが理解できた。


 姿を現したのは、西欧風の顔立ちをした男だ。顔立ちはイタリア系を思わせる甘いマスク。共通装備として使用しているプロテクターとスーツ、それを誇示するように鍛えられた肉体は装いを立派に見せる。これだけ押し込まれている側でもあるのに余裕あるにやついた顔を晒している姿はどっちが攻めているのか錯覚しそうになるほどに未だ力が有り余っていると示しているようだ。よって、その男の姿を目にした大方の印象は戦いにおいて如何にも出来る奴だという印象を抱かせる。


「何者ですか?」


 出方を伺いつつガネーシャは探りを入れる。


「アレッサンドロ・デ・パルマ。宿なしの犬だよ」


 短い紹介を聞き終えると今度はガネーシャが名乗ろうとしたところで後ろで押さえつけられていた一人が勝手に動いた。


「犬は犬らしく食われてろよぉ‼」


 犬はどっちだと誰もが思うような勢いで飛び出し、パルマに襲い掛かる。だが、牙や爪はおろか刃が掠りもすることなく襲い掛かった男の顔が横半分に分裂した。パルマが手にしている大ぶりの片刃には肉の欠片に脂肪に血がしっかりと付着している。何らかの特殊能力を用いたわけではなく単純に実力で切り落としたと証明するに十分だった。落ちるやパルマは躊躇いも何もなく心臓に刃を突き立てて止めを刺す。目の当たりにしてガネーシャを始めにパルマを見る目が変わった。


「犬がなんだったかな?犬はネズミに勝てないだったか?」


 死体を脇に蹴り飛ばす。その行為がものの見事に逆鱗に触れたらしく鍋の蓋を吹き飛ばんほどの沸騰具合でパルマを殺そうと殺到する。


「調子に乗んな‼」「人間如きが‼」などつい先ほど同胞を目の前で殺した男であることをすっかり忘れたような勢いを目の当たりにしてガネーシャもサードニクスも止めようという気は起きなかった。


「おいおい。人のこと犬呼ばわりしておいて頭の中が獣畜生は、テメェらの方じゃねえかよぉ‼」


 はじめこそ『やれやれ』という物言いだったが、後半になると途端に色づいたように口調が変わった。次の瞬間にはパルマを殺そうとしていた者たちは例外なくぶつ切りにされた。


「犬畜生でも芸の1つや2つぐらいは出来るだろ⁉とっととやってくれよ‼」


 片刃がうなるたびに斬られる者は悲鳴を上げる間もなく次々に床に落ちていく。対照的だったのは切り裂いているパルマの顔は料理に興じる趣味人と見まがうほどに笑っていることだ。耳障りな音が生まれるたびに死体の山が積みあがる。5分もしないうちにガネーシャらが連れていた者たちは姿を消した。


「形勢逆転ってことでいいのか?」


 口周りに飛び散った血を舌で舐めとるとパルマは大ぶりの片刃を右手にガネーシャを見る。


「なるほど。実力は本物らしいですね」


 標的と定められたとガネーシャは前に出ようとしたところで、「待て」とサードニクスに止められた。


「私と戦いたい。あの男はそう主張しているように思いますが?」


「ああ。その通りだ。俺はその姉ちゃんと戦いたいわけよ」


 好色を帯びた視線が顔から上半身、下半身を一巡して顔に戻る。続けて目や鼻などの細かいパーツを見定めている。まるで鑑定士だ。その熱心さにため息が出た。


「誤解されているようなので申し上げますが、私は男です」


「なにィ⁉」


 その体のどこからそんな素っ頓狂な声が出るのだと突っ込みたくなるほどに間の抜けた声がパルマから発せられた。


「いやいやいやいや‼その見た目で実は男ですなんて嘘だろ‼俺は騙されねェぞ‼」


 泡が飛ばんほどの勢いで否定にかかられるとガネーシャもどのように対処すべきか頭が痛くなった。


「こっちはこっちで急いでいるのでな。お前好みの女かどうかなんて話には全く興味はない。退かないなら首も竿もぶっ壊す」


 面白くもない芸を長々と見せつけられたと物語るような態度でサードニクスはパルマに宣言する。その宣言は水を打ったように過熱気味だった空気を冷却させる。


「退くのか、退かないのか。ハッキリしてもらおうか」


 これが最後の警告になるだろうことは耳にしている者なら疑うことはない。途端に、水でも被った焚火のようにパルマの態度は沈静化した。


「いいぜ。んじゃ、始めようか。そいつが本当に男か女かは終わったら調べればいいからな」


「男だと何度も言っているでしょう」


「はぁ…」とガネーシャはため息をつき、上着のボタンを外していく。過去に女性と間違えられることは何度かあったがここまで熱心に食いつかれるとは思っていなかっただけに我慢の限界だった。ボタンを外し終わるとガネーシャは上着を脱ぎ、左腕に抱える。


「これで満足ですか?」


 上着を脱いで見せつける上半身にパルマは目を見張った。ポカンと開いた口がこの現実が信じられないと物語っている。


「マジか。こいつは驚いたぜ」


 見せつけるガネーシャの上半身は男というには驚くほどに色白だが、見た目以上に筋肉質で触れたら硬いということが想像できるほど割れている。勿論胸のふくらみなどない。特に腹筋は体をしっかりと鍛えていることが伺える。


「納得していただけましたか?」


「とーても、納得するしかないわな」


 見せつけられたパルマは意気消沈したということが分かるほどにテンションのメーターが落ちている。


「納得したところでもういいだろう?これで心置きなく逝けるはずだ」


 ニヤリと口角を上げるとサードニクスは導器ミーセスを右手に突っ込んでいく。パルマは突っ込まずに距離を取ろうとしているのか構えつつも及び腰。


 ―何かある。


 そう考えさせるには十分で、何を仕掛けてくるのか周囲を警戒する。


 床を見ると最初の犠牲者をぶった切ったところから大分距離が取れていた。これは罠かもしれないとサードニクス、ガネーシャが認識したところで既に遅い。


「ああ。お前がな」

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