第368話 乱舞40(橙木サイド)
思わずに「は?」と間抜けな声が出てしまった。てっきり葵が全てを捌くと思っていたのだから当然の反応だった。
「ちょっと待って」
頭の中を整理しようと回転させて、まとまることはなかった。出来たのは、食って掛かるという情けない姿を晒すだけ。胸ぐらをつかんで葵の体を揺さぶっていた。
「どうして?そんな大役を私にやらせるの?私は撃つことしかできないのよ。それに、私には誰もついてこない。だって、このチームのことだって私は何もわかっていない。甘楽が死んで動揺して
パニック。ひたすらに頭の中が「何故」という疑問で埋め尽くされる。何の説明も無しに納得は出来ない。説明されたところで納得などしようもないだろうが。1人で取り乱している真理を目に入っていないように振る舞う。
「
上に羽原が立つとはいえ指揮を執ることはない。後始末に動き回ることになっていることに加えて立て続けに頭を失うわけにはいかない。それに不安要素になるのは芥子川の残党ことハーツピースと姫川だ。仲良くできる自信はない。
「私に指揮を執った経験はない。全部机上での出来事よ。ずっと誰とも信頼関係を浮くろうとしなかった私に付いてくる人間なんて誰もいない」
自分の弱さも何もかもを吐き出す。自分が今の今まで絶対に明かそうなどと露ほども抱きはしなかった本音をあれほど悪態をついていた葵を引き留めるために口にしていることに戸惑いながらも止めることは出来ない。そんな取り乱し、必死に訴える真理の姿を目の前いしながらも葵は表情を変えない。戦場で見せるあの顔と同じだ。
「この戦いが終わったらアタシは居ないかもしれないからだ」
揺さぶっていた手が止まった。止まってしまった。耳にした話を信じることが出来なかった。脳が、神経が、細胞が受け入れを拒否していたが、撥ねつける寸前になって一つだけ気づいたことがあった。手を離すと真理は手を後ろに回し、一旦深呼吸を行う。煙で汚染された空気はとても不味い。
「で?本音は?」
葵の言葉に間違はない。戦争だ。いつ誰が死ぬかは分からない。葵が到底死ぬとは思わないがその「もしも」が存在しないとは言い切れない。それなのに、きな臭さを拭うことが出来ず真理は手にかけていた銃を取り出す。
「本音も何も…」
「建前はいらないわ。要らないことをベラベラ喋るなら、脳漿ぶちまけさせるわよ?試さなくても分かってもらえると思うけど?」
撃鉄を引けば葵であれども一撃で眉間に穴をあけさせることが可能だ。いくら吸血鬼であってもノーダメージでは終われない。
「お嬢様育ちとは思えん言い草だな」
「お淑やかだけがお嬢様じゃないのよ。温室育ちで手が綺麗なだけがお嬢様と思わないでほしいわね」
「分かった」
わざとらしくホールドアップをすると葵は椅子に腰かけた。銃口を頭に突き付けようとしたところで真理は止めた。脅しをかけるのは信頼していないと主張してしまうようで躊躇われた。
「銃口ぐらい頭に突き付けておけよ」
「…そうしておくわ」
促される形で葵の頭に銃口を添える。ロックは仕方なしに外してある。
「隠し事はなしよ。プライバシーなんて言わないでね」
「重ねて言われなくても大丈夫だ。洗い浚い全部、な」
葵は小さく息を吸うと小さく唇を動かす。
「これからアタシは、姉さんのところに行く」
最後の告白に頭を容赦なくぶん殴られた感覚だった。グワン、グワンと頭が揺れて足元が崩れてしまったかのように立つことが出来なくなってしまった。葵は立つことが叶わない真理を助けはしない。敢えて助けない。そんなことは誰かに説明されずとも頭で理解できた。これで立てなければ、また自分は大切な人を失うことになると。
「本気で言っているの?」
「アタシが冗談でこんなことを言うと思うか?」
「そう、よね」
当たり前だ。元々がそういう関係。互いに利用し合う関係でしかない。このときが遂にやってきてしまったというだけの話だ。
「それが、目的だったの?」
「ああ。当初の目的だった復讐からは大分逸れてしまった。でも、代わりに本懐を遂げるチャンスがやってきた」
「チャンス?」
「姉さんと戦える」
しかし、前回の戦いで葵は手も足も出ないほどの惨敗を遂げたはずだ。それなのに、勝てる見込みがあるのかと真理の中で疑問が芽を出す。
「勝てない。お前はそれを思っているだろ?」
バカにしているのかと真理はムッとした顔で反論する。いつもの勢いが少しだけ息を吹き返す。
「そりゃそうよ。前の戦いでこっぴどくやられるところを見てるんだから。まさか、1人で突撃するつもりじゃないでしょうね?」
「悪いな。そのまさかだ」
サラリとした返しに真理は再び自分の耳が聞き違いをしたのではないかと疑った。
「アタシは、姉さんのところに1人で行く」
疑わせてすらくれない、それを露すらも寄せ付けない物言いを押し付けられてようやく理解した。
「やっぱ、そんな程度の関係だったわね」
「ああ。その程度の関係だ」
腕時計を確認すると葵は背を向けようとして足を動かす。
「一番頼りにされていて渦中の中心にいる奴がいないなんて笑えない話ね。アンタなしでどれだけのパワーダウンになるのか分かってる?」
自分を支えている何か。その1つが壊れていく感覚。両親、甘楽が落命したときとは明確に違う。葵の言葉は、帰りたくても返れないではなく、最初から帰ることはないと暗に物語っていた。
「作戦の骨組みを立てたのはお前だ。このことも考慮してあるんじゃないかと思うぐらいに隙らしい隙はなかった。そこにアタシは少しばかりの補助をしたに過ぎない。その過小評価をいい加減に止めろ」
葵は目線を真理に合わせるべく膝を折る。自分が葵と初めて顔を合わせた日と重なった。
違うのは、顔だけ。何処か憑き物があったのに、今は何もない。ひたすらにこの先にあるものに思いを馳せている顔だ。漠然とした予感は確信に変わる。
「お前は強い。自分が認めようとしなくても誰よりもタフだ。最後までやれる」
伝えたい言葉を伝え終わったとでも物語るように葵は真理の手を掴む。立ち上がらせはしない。自分で選べと選ぶことのできない選択肢を押し付ける。
「…やるわ。やってやろうじゃない」
真理は自分の口で、自分の意思で宣言した。
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