第367話 乱舞39(橙木サイド)

 提案を出されたのは、あの聖女を目撃することになる前の出来事だった。


「詳細はこれでいいな。ただ、爆薬の量がネックか…」


 紙面を冷静に見つめる葵の顔は険しい。ダメだと言われるのではないかと思いつつ真理は固唾を飲んで結果を待つ。


「伝手はあるのか?」


 頭の中で算盤を弾くと量と期日が間に合わない。海外から仕入れずあくまでも国内から集めようとしても期日の3日を超えることになると結論が出る。


「用意しようと思えば不可能な話じゃないわ。でも、期限以内にやるとなると間に合わないと思う」


 だとしても、思いつく限りの作戦では結局のところ大量の火薬が必要になる。一夜どころか幾日も時間を費やしても殆ど差のない結論しか生み出すことは出来なかった。


「仕方ないな。アタシが用意する。あとのことはそっちで処理を」


「可能なの?」


「コネクションはいいように利用しないとな。折角だから骨の髄まで、だ」


 フフンッと鼻息荒く宣言すると葵は真理が要求した火薬の量を紙面に走らせる。走る黒い文字に真理は自分の考えが認められたことを実感した。


「反対される可能性は?」


「それはないね。相手は曲がりなりにもこの国を背負っている人間だ。話ぶりだと自分の利益を最優先に置くタイプじゃない」


 真理は現在まで葵が言うその人物と顔を合わせたことはない。実際のところその人物とのやり取りは羽原うはらが全面的に行っているはずだ。葵が何処で面識を持つに至ったのか甚だ疑問だ。


「結構信用しているのね」


「共通の敵がいる間の話だ。向こうは既に終わったあとのことも考えて動いている。作る貸しは少なくしたいところだが今のアタシたちには資源も人も足りていない。最低限度の仕事を果たせるかどうかすら怪しい。なら、大人しく首を垂れるしかないわけだ」


 ペンを走らせると葵は紙を抽斗に仕舞って煙草に火をつける。


「いるか?」と真理にジッポを寄こしてきたが辞さずに火をもらった。


「ところで、この作戦については頭にしっかりと入っているのか?」


「そりゃあね。立案した張本人だもの。そっちこそちゃんと覚えているのよね?」


「問題はない。しっかりと細部まで把握してある。源氏、青山からは全面的に協力してもらえることは決定済みだ」


 真理自身は自分の立案した作戦がこんな大々的に取り上げられ、おまけに手厚いバックアップまで受けることになるとは思いもしなかった。何か別の意図でもあるのではなかと今でも疑っているぐらいだ。


「勝ったら、栄転になるかしら?」


 終わったらの話に触発されて口に出した。


「分からんね。ただ、今よりも給料は良くなるだろうよ。その分の自由はなくなるかもしれないけれど」


「金なら困ってないわね。自由を制限されるのはちょっと困るわね」


「お嬢様っぽいセリフだな」


 その物言いに真理は突っかかる。


「私が自分で手に入れた金でちゃんと生活してるわ。クラウンベリーの資産には手を出してないのよ」


 資産の一部は衣川への退職金、一部は資産運用に回している。時間の合間を縫って逐一確認しているから着実に資産は右肩上がりにある。


「流石はクラウンベリーだな」


「権威はあっても権力はないわ。名ばかりよ」


 かつてなら十分すぎるほどに権力も存在していた。それこそ鶴の一声という言葉がこれ以上も似合うほどの言葉は存在しないだろうと思えないほどの力が存在していた。だが、それも両親が早逝してしてからは一転した。真理が入局してから知ったのは権力の骨が抜けた権威の皮だけになった名ばかりの自分の家だった。


「そんな話を持ち出すって私に何かさせたい?」


「流石に鋭いな」


「露骨すぎわ」


 煙草を灰皿に押し付けるとブラインドを下ろした。何か大事な話を始まるのかもしれないと予感があった。


「指揮を執ってくれないか?」

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