第366話 乱舞38(橙木サイド)
本当に、自分が勤めることが出来るのだろうか。重圧は、募るばかり。実際に全身に鉛を背負わされているようで初めての仕事に臨んだとき以来の感覚だ。
真理は一足早く指令室に乗り込んで戦場となる地区の地図を眺めている。ランプの光だけでは頼りなく目を凝らしては睨めっこの状態で書き込みには現在の時刻に至るまでの標的の進行ルートに関する記載が書き込まれている。予定通りの進路を取っていることに安堵すると同時に監視カメラから逐一送られてきたあの日に見ることが叶わなかった怪物の正体に閉口した。
「作戦に変更はありますか?」
対面でペンを弄っているハーツピースが真理に尋ねる。動揺していた真理とは対照的に顔色一つ変えずにいる姿には対抗心を覚えた。
「そんな知らせは聞いてないです。一昨日に完成したものをそのまま実行する予定です」
「了解しました」
そう口にしつつも思案顔を貫いているハーツピースに真理は苛立ちを覚えた。
「言いたいこと、何かありますか?」
自分では抑えたつもりだったが思っていた以上に声に怒気がこもった。周りで作業をしていた者たちの視線も自ずと集まる。瞳が動く。
「別に、何も」
淡白な返事が変に苛立った。神経にスパークが走りそうになったところでハーツピースがズイッと顔を前に出す。
「声、響きますよ」
言われて自分が今置かれている場所を思い返して口を押えた。頭が冷却されると深呼吸をするだけの余裕が出来る。
「気負うのは結構ですが堂々としてください。貴女がそんなに取り乱していたら余計な混乱を与えることになります。しっかりしてください」
棘がありながらも正論が過ぎる正論に真理はぐうの音も出なかった。不安に苛まれて周りが何も見えていなかったのは繕いようもないほどに事実だったからだ。
「あんまり攻めちゃうのは気の毒だと思うけどね」
軋む音を立てながらドアが開くと姫川が入ってきた。前回の戦いで負った傷を隠すために巻かれた両手の包帯は痛々しい。おまけにランプの光で辛うじて見えた顔の色はあまり良さそうに見えない。
「戦闘に出ないわけですから余計な口出しはしないでください」
跳ねのける冷たい言葉を受けて姫川はアンニュイな表情そのままに突っかかる。
「大任を前にしたら怖くなるのは当たり前だよ。それぐらい分からないと女の子にモテないよ」
「どうだっていいですよ」
クルクルと弄っていたペンをデスクの上に置くと割れた窓に近づき、外へと目を向ける。離れた場所であの聖女が進撃を続けている。
「しかし、弦巻葵は何を考えているのでしょう」
何の気なしにハーツピースが呟く。耳にして、真理の胸がドクンと高鳴った。
「さあ、ボクだって知りたいところだよ。でも、あんまりいい予感はしないね」
姫川から向けられた視線に居心地の悪さを覚える。まるで自分はそこに居るべきではないと暗に言われているように感じた。
「何も聞いてない?」
「理由は何も聞いてないわ。やってくれって言われただけよ」
今でも思い出すのは、耳を疑う命令だった。
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