第365話 乱舞37(葵サイド)

 時間は22時ジャストを示している。葵は端末を取り出すと青山に繋いだ。履歴に一通だけが入っていたがものの見事に見逃していた。通話はすぐに繋がった。


「もしもし?」


『ああ、話は分かっているよ。あの悪趣味な物体のことだろう?』


「ええ。あの物体のことですよ」


 わざとカメラを聖女に向ける。


『全く呆れ返るよ。何処のB級映画かね?』


「私は映画には疎いもので。面白いものがあれば是非とも」


『そうだね。祝勝会の席で色々と教えよう。ド定番の作品からマニアックな作品。まあ、もれなくね』


 乾いた笑いが聞こえると葵も噴出した。短い時間を互いに笑っていると青山が話を戻す。呼吸を落ち着けると葵は口を開く。


「馬鹿げてると思いますよ。実に想像力が豊かだ。張りぼてだと説明された方が説得力があります」


『ところで、用意は終わっているか?』


 しっかりとした口調に青山は変わった。葵もそれに合わせる。


「終わってますよ。ちょっとギリギリでしたし、隠しておくのは中々に大変でしたけどね。そっちはどうですか?」


「終わっているよ。源麾下の部隊がそちらに向かっている。閉鎖も完了済みだ。被害が実際にどれほど出ることになるのかは未知数だから下げる頭はもう用意してあるよ。まあ、最早世間様の目を欺くというのは不可能だろうけどね」


 音声では嫌だ嫌だと訴えているように聞こえながらも何処か楽しんでいるようにも聞こえる。液晶越しにはエンジンが駆動する音が聞こえた。これからこの事態について閣僚と詰めることになるのだろう。


「被害によっては今後の立ち入りは不可能になると思いますが、よろしいでしょうか?」


「仕方ない」


 素っ気ない物言いを耳にして葵はハンズフリーの状態にしつつ装備を身に着けていく。


「掛けなおした方がいいかな?」


「別に問題ありませんよ。逆にこれ以降は通話をする余裕はないでしょうから」


 弾丸をマガジンに込め、ホルスターにデストロイをしまう。胸ポケットには手榴弾を、ベルトにはナイフを装備した。その他装備は予めセットしてあるため問題はない。


「最初とは大分反応が違いますね。あれだけ戦場にすることを拒んでいたのに」


「状況が違うからね。国1つと区の1つを天秤にかけられたら選ばなければならんだろう。責任を取るために今の私はいるわけだ」


「助かりますよ。あの老人たちから乗り換えた甲斐があります」


「礼を言われるのはまだ早いね。返すものはちゃんと返してもらわないと。頂上に立つというのはそれだけ労力が必要なんだ」


 装備を整えると葵は部屋の外に出た。慌ただしく移動する者たちを無視して目的の場所へ向かう。


「酒ぐらいは奢りますよ」


「年代物をお願いしたいね。スコッチを希望しておくよ」


「いいですよ。楽しみにしていてください」


 と締めくくり、葵は通話を切った。

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