第364話 乱舞36(マレーネサイド)
通話が切れた端末を胸に抱いているとカン、カンとヒールが金属を叩く足音が聞こえた。振り向くとマレーネにとって一番会いたくない女ことエウリッピ・デスモニアの顔とぶつかる。風が吹きすさんでいるのに聞こえているのにしっかりと届いていたのは嫌いな相手だからか自分の能力の優秀さ故かまでは分からない。ジッとマレーネが胸元に握り締めている端末へ熱い視線を注ぐ。
「…なに?」
警戒を露わに問うとエウリッピは無視し、隣を過ぎる。
「よく来てくれましたね」
普段通りの、何もないと物語っている口調だ。その態度にイラっとしたが余計なことをするのは良くないと判断して言葉を封じる。
「約束、守ってくれるんだよね?」
振り向いたエウリッピの髪が翻った。一夜かけて手入れをしたのではと思ってしまうほどに艶やかなワインレッドの髪、妖しげな笑み。それと嚙み合わない濁った闇が沈殿している瞳に寒気を覚えた。また、自分を騙すのではないかと思わずにいられない。その気になればいつでも剣を抜けるように動く。警戒を一向に解こうとしないでいるマレーネの態度を嘲笑うようにエウリッピは口を開く。
「構いませんよ。恋人の1人や2人」
「わたしの大事な人は、1人だけだよ」
歯が欠けてしまうのでないかと思うほどに力が入った。余りにも心外な発言は許せない。自分が唯一抱いた想いをコケにされたと感じてしまったから。
「次、余計なこと言ったら、殺すから」
「それは『マレーネ・ロ・ティーチ』としての言葉ですか?『馬淵海』としての言葉ですか?」
ドクンと心臓が高鳴った。これ以上話していたら戦いに臨む前に自分が壊れてしまうと直感が告げていた。空から音が近づいてくる。
「どっちだって…いいでしょ。わたしは、ちゃんと仕事をするんだから」
跳躍するとマレーネは近づいたヘリコプターのスキッドを掴んだ。
「ええ。それだけです。それだけを果たしてくれればいい」
エウリッピの呟きはヘリコプターの音にかき消された。ヘリコプターが屋上から離れるのを見送ると手すりに近づく。視線の先には『死蟷螂・
「殺せ。全部、全部、全部」
力を籠めると手すりはメキメキと音を立てて変形する。
「昂っているわね。珍しく」
ハットを抑えながらニンマリ顔を貼り付けたアンドレスがエウリッピの気が立っていると分かっているはずなのに近づいてくる。
「寒そうね」
「それはお互い様でしょう?」
この寒さなのに紺色のシャツに白のズボンのみという格好はサードニクス以上に場違いに思える。
「寒くないですよ。寧ろ、熱いぐらい。激辛料理でも食べたあとみたいです」
一瞬だけエウリッピはサードニクスを見て、すぐに顔を戻す。見るのは自分の願望を託したあの聖女だ。
「今日で、私の願いは叶う」
ただの言葉の羅列がまるで紙に垂らしたインクのように沁み込んでくる。
「叶えるのは結構よ。貴女には、その権利がある。それだけの苦労をしてきたのだからね」
「そうでなくては、私は満足が出来ませんからね」
もう十分と感じたのかエウリッピは手摺から手を放す。聖女と魔女。聖女が壊し、魔女が止めるかのように動き出す。相反する画を作りながら歩き出す。それにアンドレスも続く。
「貴方にもちゃんと働いてもらいますよ」
「背中は安心して預けてくれていいわ。後始末はちゃんとやっておくから」
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