第362話 乱舞34(九竜サイド)

 警報が響いた。それこそ耳を劈くような音だ。その音でオレは仮眠室の寝心地悪いベッドから飛び出した。頭がガンガンして酷く吐き気がし、目がチカチカした。


 気持ち悪さを抱えたままにブーツを履き、プロテクターと諸々を装備する。ついさっきまで苛んでいた痛みが妙に和らいでいくような感覚が不思議だったが、倦怠感と嫌悪感が渦巻く腹の中で1つだけ他とは違うものが存在している。一言で表現するならば、確信か願望か。


 ―今日で、全て終わる。


 ドアを開けると外は大分騒がしかった。靴音が数多と跳ね回る音が大分耳障りだった。だが、胸元に響くバイブレーションはしっかりと伝わってきた。取り出すと液晶には『馬淵海』の名前が表示されていた。


 喉が、鳴った。あの小紫こむらさきが死んだときの前夜と重なって頭の中でリフレインする。


「…もしもし」


『…』


 返答は、ない。通じているのかさえ分からない。


「用がないなら、切るぞ」


 本当は、切ってしまいたかった。だが、運命というのは気まぐれで残酷らしく思い出さないようにすればするほどに愛した相手との触れ合うことを強制するらしい。間を置かずに声が返ってきた。


『わたし。聞こえてる?』


 元気のない声だ。これまでに耳にしたことのない生命力が抜き取られたような声を耳にして足場が崩れる感覚に襲われた。端末を握り締めて誤魔化した。


「全部、聞こえてる」


 何の用だと怒鳴ってしまいそうになって飲み込んだ。激情に飲まれないように抑え込むだけの理性が残っているらしい。


「これから忙しいんだ。話は、長いのか?」


『すぐに済むよ』


 といいつつ、体感で10秒ほどが経過した。バタバタと壁に反響する靴音で音は消えてしまったのかと思えるほどに液晶越しは静かだった。


『0時に学校に来て』


 腕時計は20時を指していた。


「どうしてだ?」


『言わなくても、分かってるでしょ?』


 その意味は皆まで説明されるまでもない。この関係も今日で終わることになるということだ。恋人としては、終わりだ。


 もう、互いの体と心に触れることは、ない。


「やってやるよ」


 オレは通話を切り、端末をポケットにしまった。


 手汗がべっとりと付いていて自分の動揺を嫌というほどに思い知らされた。おまけにドクン、ドクンと心音が飛び交う靴音さえ超えるほどに聞こえた。


 前を見た。


「やって…やる。オレが、オレがやらなきゃ、ならないんだ」

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