第360話 乱舞32(ガネーシャサイド)
自分はとんでもない悪魔に手を貸してしまったのではないかと思いながらこのやり取りをガネーシャはただ見つめている。煌々と盛る炎の熱に炙られながらこの光景を見逃してはならないと。
止めなければならないと思っても足は動かない。まだ、希望が存在しているのではないかと思ってしまうと大きな前進になった契約を壊すという行為がどうしようもないほどの背信行為に思えるからだ。そんなに都合よく事態が進展するとはとても思えなかった。あの冷めきったカルナの目が忠実に契約を果たすとは考えられないのだ。見るからに餌が仕掛けてあるのに飛び掛かるなど自殺行為でしかない。
「デスモニア殿」と声をかけて返される視線はまるで死にかけのセミでも見ているかのように鬱陶しく、消えてくれと切に訴えていた。
「陛下の許可なくこのような協定は…」
「全権は私が託されている。何か文句が?」
これ以上の質問は何も許さないと光の消えた瞳が訴えていた。未だに解除していない『死蟷螂・
「いえ、何も…ありません」
追及をするのは間違いなく自殺行為であると理解したガネーシャは黙る道を選ぶ。最初から邪険にされている自覚があっただけに自分の努力など何の意味もなかったのだと思い知る羽目になった。
しかし、同時に負い目も感じている。自分たちの面倒ごとを何もかも押し付けていたのだから文句の一つを言う資格などないのではないかと思えてしまうのだ。
「先に帰るぞ」
解いたネクタイと脱いだスーツを手に葵は去っていく。ただ単に歩いている姿であるのに後姿は不吉さを感じさせた。姿が見えなくなると『死蟷螂・
「さて、帰りましょうか」
苦悶に喘いでいるガネーシャなど視界に入っていないのか瓦礫の山から下りて宮殿に繋がる場所まで足を進めていく。
「あの」とガネーシャが呼び止めるとエウリッピは足を止めた。直後に首筋を何かがピタリと張り付く。その冷たさが何であるかは最早確認する気も起きなかった。
「契約を反故にしろ。まだ言うつもりですか?」
刃は、取り繕いようのないほどの殺意を醸し出している。ほんの少しでも動かしてしまえば首の薄皮を裂き血が噴き出し、次の戦いに参戦することなど出来なくなる。唯一残された可能性すら跡形もなく消え去ることになる。
「何も…ありません」
口からこぼれる言葉は同じだ。ガネーシャには言わなければならないことは数多と存在していたが全てへの希望が吹き飛んだような感覚だった。
もう、デスモニアには自分のことしか頭にないのだと思うには十分すぎた。
「さ、帰りましょう。また、忙しくなりますから」
首筋に突き付けられた刃を引っ込めるとデスモニアは瓦礫の上を歩いているとは思わせないほどに軽やかな足取りで去っていく。
―まだ、希望はある。
デスモニアが本音を口にしていたのに未だに信じようとしている自分が存在していることにつくづく嫌気がさした。
しかし、一気に仕留めることが出来れば戦いを全て終わらせられる。仮に人間が策略を張り巡らしていても叩き潰せる可能性がまだある。
グッと拳を握り締めるとガネーシャは達成しなければならない希望を胸に一歩目を踏み出した。
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