第346話 乱舞18(マレーネサイド)

 体はいつも通りに動く。敵を壊すために、敵を殺すためだけに正確な動きをしてくれる。最初の頭突きは真後ろに居た男の顔面を破壊した。骨が折れたなどではなく目、鼻、口、頬、骨、肉の尽くを。漏れ出た血が髪を通り越して頭皮を濡らした。


「な⁉」


 マレーネの行動に驚愕した男は動きを止めた。何をしようと無駄なことではあるもこれが完全な命取りだ。次にその醜い面の内側を晒させてやるとマレーネは膝蹴りで顎を打ち抜いた。顔の下部分を損傷した男は崩壊した醜い面を隠すことなく倒れた。乱れた髪を払うと残っている男を始末しようと振り向く。


「ひっ⁉」


 テンプレ通りの悲鳴を上げて腰を抜かしている。裏腹に顔はとても表情豊かだ。涙と鼻水で汚している様子は面白いぐらいにアンバランス。濡れている股間は水溜まりに尻餅をついてしまったせいか失禁したせいかは分からない。


「1人になっちゃったね」


 乱れた髪を払ってマレーネは照準を男に移す。靴底を血が侵した。


「バケモノ…」


 男は無意識に呟いたのだろう。しかし、その言葉はマレーネの傷を盛大に抉った。傷口にタバスコを塗りこまれたようで顔が引きつった。


「女の子にそんなこと言うなよ?」


 足を延ばすと男の体は盛大に吹き飛んだ。本当は一気にぶち殺したという衝動に蓋をした。ここで一息に終わらせてしまうのは面白くないから。


「で?何だっけ?」


 わざとらしくこめかみに指を当ててマレーネは倒れている男の頭蓋を踏み砕く。連日の苛立ちが一気に吹き飛ぶようで足を下ろすたびに雲間に日が挿し込んだみたいな感覚に神経が震えた。


「わたしを黙らせて犯す…だっけ?」


 眦を細めて破壊され尽くした男の死体を返却した。どさりと鈍い音を立てた死体から肉の欠片や脳漿が零れ落ちる。外も内もあの性格に見合うほどに醜い。


「ダサいよ?出来もしないことをかっこつけて言うなんて」


 小突くとうつ伏せに倒れていた死体が正面を向いた。ぐちゃぐちゃに破壊され尽くした死体を見た男はブレーキがぶっ壊れたようで大声を上げてマレーネから背を向けた。必死の形相で逃げる姿は自分だけが助かろうとしていることを如実に物語っている。尤も助けるべき相手などこの場に居ないのだが。その姿にまた笑いが止まらない。


「やっぱり人間って醜いね。いいよ逃げても」


 しゃがんでマレーネは男の頭を引きちぎってアスファルトの上に置き、ターゲットを逃走中の男に定める。


「でもさ、ずっと機嫌悪いんだよね。逃がすわけないじゃん」


 切り離した頭部を壊さない程度に力を込めて蹴り飛ばした。脳漿と筋肉、血、骨をまき散らしながら放物線を描くことなく真っ直ぐに飛んで男の後頭部に命中した。壊れない程度に調整したとはいえ人骨を砕くなど造作もないぐらいに力は込めた。変な方向に捻じれた首は今までに無い殺し方でマレーネの目に新鮮に映る。胸がすく思いがして、音が途切れた途端に現実が見えた。


 籠っていた水の臭さは血の匂いに上書きされた。砂埃が汚していた茶色は血の赤さに上書きされた。横たわっていたものは瓦礫ではなく死体が取って代わっている。

 目の当たりにした現実にマレーネは自分の正体を思い出した。


 ―こういうこと、だよね。


 思い出すのは、拒絶した九竜くりゅうの顔。殺意が塗り潰したあの目が未だに記憶から消えることなく残っている。ズキズキと痛む胸の痛みに耐えかねて足から抜けて、マレーネは壁に凭れかかった。


 手を出してきたのは向こう。こうしたのは正当防衛。潰さなければ、自分が全てを犯し尽くされて全てを奪われる側になっていた。


 しかし、ここまでやる必要はなかったのだろう。九竜は、そう口走るはずだ。


「わたしは、悪くない。悪く…ないんだ」


 夢遊病患者のようにマレーネは無意識に口に出すと背後にある壁を殴りつけた。罅が入ってボロボロと崩れ、大きな穴が口を開ける。籠っていた血と生臭い嫌な匂いが吸い込まれて穴の外へと消えていく。

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