第345話 乱舞17(マレーネサイド)

 連れ込まれた廃工場に人気はない。いつ閉鎖したのか分からないボロボロと表層の剝がれた寂れた門と風雨に晒されて廃屋も同然の工場は用でもなければ絶対に足を踏み入れることはないと断言できるほどに汚らしい。誰も掃除せずに放置されている枯葉が特に酷かった。時間帯が既に夜に差し掛かっていることもあるのだろうが元から人が近づくことはないのだろう。


「こっちだよ」


 ギギッといつ倒れるのか分からない門を開けるとマレーネの手を引いて強引に男たちは前へ進んでいく。歩きなれている足取りはここを根城にしていることを伺わせた。


 屋内は外側と同じぐらいに荒れ果てていた。穴だらけの天井から入り込んだ雨水は日が届いていないらしく溜まって濁っていた。おまけに空気は湿っていて黴臭さに鼻をつまんだ。こういうときに自分の良すぎる感覚器官に嫌気がさした。


 反撃も反論もしないマレーネの姿にすっかり自分たちが優位に立っていると思っている男たちは随分と喜色満面だった。


 奥まで進むと男は突然振り向き、マレーネの体を突飛ばした。直後に脇を潜り抜けて両腕を拘束される。手を伸ばせばすぐに服を引き剥がすことが出来る距離だ。


 伸ばした手が触れたのは、髪。サラサラと流れる銀髪を持ち上げて男は『スゥー』という擬音を付けたくなるほどに匂いを吸った。愛おしい人がしてくれたときはもっとだと思っていたのに正反対で殺意を抱く結果にしかならない。髪の匂いを満足いくまで堪能したのか次は男の手が顎に触れて顔を無理やり上げた。ジッとマレーネの顔と首、その少しの範囲を見渡した。肌を滑り気がある何かが這いまわる気配に鳥肌が立った。


「よくよく見ればいい顔をしているな。体についてはまあ俺好みじゃないが、締まりは良さそうだ」


 守りのないマレーネの上体に男が手を伸ばしてボタンを外そうとする。それを堪能すれば下を侵すことになるだろう。


 それだけは、嫌だ。この体は愛する人だけが触れて良い場所で、愛する人だけが愛でて良い体だ。こんなクソ野郎が触れて良い場所じゃないことだけは確か。


「1つだけ聞いていいかな?」


 問いかけに手を止め、男は苛立ちを隠しもせずに上目遣いでマレーネを睨みつける。


「わたしのこと、別に好きじゃないでしょ?」


「それがどうした?」


 青筋が顔に立った。次に余計なことを口走れば拳が飛んでくるだろうなと他人事のような感覚。


「好きじゃない人とセックスして何がしたいの?」


「黙れよ」


 間髪入れずに飛んできた拳がマレーネの顔を拳が打った。ぶたれた箇所は熱を帯びてジンジンと痛んだ。その痛みが鮮明に嫌な記憶を思い出させようとする。


「次喋ったら殺すからな」


 男はこれで黙るだろうと判断したのかシャツのボタンを外そうと手を伸ばす。それで我慢の限界を迎えた。


 視界が、真っ赤に染まった。


「…ゴミクズ」

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