第340話 乱舞12(九竜サイド)
満足するだけの答えは、ない。これだけの痛みに苛まれたのに得られたものは何一つとしてない。
「はああああああああ‼」
果たしてちゃんと込めた分の力を発揮することが出来たのかと思えるほどの脚力で前に出る。葵も逃げるつもりは毛頭ないと前に出る。
刹那。両者の間に交わされるやり取りはその一時だけ。
交差する拳。しなやかに伸びる腕。最初からこの場所を目指せと命じられていたように拳は真っすぐ当てるべき互いの顔へと導かれる。
走ったのは、互いの皮膚と振動が伝搬する肉の感触。
目に映るのは、酷く歪んだ葵の顔。心なしか笑みがあるのは気のせい。
刹那の邂逅を経て、オレたちは止まった。互いの顔に拳をめり込ませたまま。
音は、ない。誰も声など上げない。上げられないという方が正確だった。
結論から言うなら、体を保つことが出来なかったのはオレが先だった。足だけでなく頭をやられたようで姿勢の維持すら叶わなくなって倒れた。
「勝負あり。文句はないな?」
「…ないな」
結局のところ、また勝つことは出来なかった。相手は得意の剣すら携えていない状態なのに。それなのに、負けたにもかかわらず気分は清々しかった。
「アタシが剣を持っていないのに負けたとか思っていそうだから言っておくと、アタシは剣を使うよりもこっちの方が得意だ」
と、自分の右拳を高らかに掲げる。つい先ほどクロスカウンターで勝負を決した拳だ。
「それも冗談か?」
「いや、こいつは事実だ」
いたずらっ子を思わせる少しやんちゃな笑みだ。可愛いはずなのだが普段の姿を散々に見てきたせいか頭でそう思いこもうとしても無理な話だった。
「ところで、結論は出たかな?」
流れ込んできた言葉はオレへと目の当たりにしたくない現実を突き付けて来る。
もう、逃げ場はない。逃げられる場所は既に存在していない。退路は、最初から塞がれている。これで言葉を濁そうものなら葵の手に捥げたオレの首が収まっているだろう。或いは、愛している女の首か。
「決まっている。それが…オレの仕事だ」
葵を納得させるほどの力は到底あるはずがないと分かっている。動く唇は自分が話しているわけではなく誰かが借りて動かしているような感覚。
「分かった。お前に任せる」
告げると葵は足取り軽くスタスタと横を通り過ぎていく。
「…何も、言わないんだな」
「言ってほしいのか?」
抜けば軽やかでシャリンと美しい音を立ててしまいそうな言葉でオレの問いを迎え撃つ。その威力を前に頭を振るしか選択肢はなかった。
「…ありがとう」
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