第321話 蠱毒33(貴船サイド)

 親は、クズだった。人間として、親として間違いなくクズだったと断言していい。


 家庭は最初から崩壊していた。知らないだけでもしかしたら、ちゃんと家族をしていた時期もあったのかもしれない。


 父は家庭を一切省みない人間だった。家に居ても家族に関心を示さなかった。何処で何をしていたのか分からない。母親と同類だったのか、それともただの趣味人だったのか。


 母は父の目を盗んで不倫に勤しんでいた。子どもを全く省みることなく、自分の欲が向くままに。


 妹は、種が違う。誰かが口にしたわけではない。自分で証明したわけではない。事が済んでから教えてもらった。


 一応は保たれていた均衡が崩れたのは、今から5年前だ。


 母の不倫が父にバレた。しかも、手を出していたのは既婚者。あとはテンプレの泥沼離婚劇だ。


 日が経つほどに家の空気は悪くなった。飛び交う罵詈雑言と慰謝料の値段。1秒、1分と経過するごとに憎悪を増して聞くに堪えないものに変わり果てた。


 父は、親権を欲しがらなかった。一切の興味を示さなかった。思えば、私も父と血のつながりを持っていなかったのかもしれない。今となっては確かめようもない話である。


 母と妹との生活は、文字通りの地獄だった。今でも思い出すと嘔吐しそうになる。戦場の方が遥かにマシに思えるほどに、筆舌に尽くしがたい地獄だった。


 父という神経を張り詰める相手がいなくなった母は文字通り、言葉通りに暴走した。


 男を漁って、漁って、漁った。慰謝料で首が回るのか回らないのか分からないほどに死体になりかけているのに欲求を止めることはなかった。


 そして、遂に絞首台はガコン。音を立てて落ちた。


 私と妹は、取り残された。借金取りの只中に、着の身着のまま。戦場以外ではあのときほど死の世界に近づいたときはない。


 神は救いの手を伸ばさなかった。天使は震える子羊を眺めていた。


 腕に抱いてくれたのは、悪魔だった。


 正義の剣を振るったのは、白さとは程遠い赤々と濡れた切っ先を掲げる人間。


 今でも鮮明に覚えている。死ぬ間際でもハッキリと思い出せるし、思い出している。


 憎悪に染まった瞳は氷河よりも冷たく、溶岩よりも熱かった。


                 ♥

 

「何処へ行くんですか?」


 地を這って進む貴船にデスモニアは奇異なる物体を目の当たりにして口角を歪ませる。嗜虐に満ちた笑みも声音も届くことはない。それでも今も生きているのは、小学生が昆虫や植物の観察をしているものと何も変わらないのだろう。前に進むことにしか意識を集中することが出来ない。


 ―私は、死ぬんだ。


 それだけが理解できる事実。変えようのない現実。


 だから、妹だけは生きて欲しい、逃げることが出来なくても絶対に生き残って欲しい。その一心だけが既に壊れている四肢を無理やりに動かさせている。


 あの日の誓いは、まだ果たせてない。

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