第320話 蠱毒32(ガネーシャサイド)

 振るえば肉の感触が刃を伝う。すれ違う目に籠っている感情は怒りでも憎しみでもなく、戸惑いだ。


「クソッたれがぁ‼」


 銃口が火を噴いてガネーシャを穿とうと迫る。人間ならば十分に脅威となりうる速さであっても人間を上回る存在であるガネーシャに見切ることは難しくはない。何度も、何度も繰り返している光景だ。


「またそれですか…」


 嘆息しながらガネーシャは小刻みにステップしながら迫る銃弾を軽く避ける。続けてしつこく攻撃を止めない敵の牙を折り砕く。


 下から大きく振り上げた刃はしっかりと銃身もろとも敵の息の根を止めた。


 どうして自分が死ぬのか、どうして自分はこんな場所に来てしまったのか。考える暇もなく、口に出す暇もなく果てていく。


 足を前に出せば出すほどに立っていた人だったものが物言わぬモノに成り果てる。


 その戦果に感じることはない。虚しい。栄光も何もない。壁を濡らす血に感じ入ることはない。伏す死体にも思うことは、無い。


「あとは、あなただけですね」


 剣を払い、ガネーシャは最後の1人となってしまった人間へと迫る。ボロボロと涙と鼻水で顔を濡らす姿は惨めを通り越して哀れだ。それが酷くガネーシャにとって不快感をもたらす。ついさっきまで果敢に挑んでは死んでいった人間のことを思い出すと更に増す。


「戦士ならば、最後まで誇り有れ」


 眉間にしわを寄せていることが自分で分かるほどのしかめっ面だ。それまでは目に収まっていた感情は読み取れなかった。


「これでここは終わりですね」


 剣を見ると血を始めに脂肪が付着している。これはよろしくないと丁寧に剣の表面を拭きとり、少しすると眩い銀の身を淡い光が照らす。


 空気を吸うと強い血の匂いが鼻を突く。戦場の跡地だから不思議なことではない。


 みなごろしにした。それがまざまざと突き付けられる唯一の事実だが、救いだったことは丸腰の人間を手にかける事態には至らなかったことだ。姿が見えなかったことに胸をなでおろして、エウリッピの指摘が正しかったのだと実感した。


「全て、あなたの手の上ですか?」


 上はどうなっているだろうかと顔を上げる。先ほどから大きな音が響き渡っては消えていくを繰り返している。全ては手順通りと雖も僅かばかりの不安が小骨のように突き刺さっている。


 足止めが今回の仕事、内と外で役割を分担した結果だ。


 文句など、無い。言える立場には、無い。騎士は主のために私を捨てて公を尽くす。それがあるべき姿だ。


 だから、出撃前に見た姿は何だったのかと不安になる。今までにエウリッピが見せたことがない醜さが爆発した顔など一度たりとも目の当たりにしたことはない。


 杞憂。


 全て終わるころには、何もかもが丸く収まっているはずとガネーシャは自分に言い聞かせる。信じることを曲げてまで剣を振るったのだから。

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