第306話 蠱毒18(九竜サイド)
おかしなものを目の当たりにしていると伺わせる声と顔だ。纏わりついていた緊張が霧散している。
「オレ史上で一番の驚きだ」
「大袈裟。何も言ってなかったわたしが悪いんだけど」
馬淵は胸の前で手を合わせる。祈る乙女か、これから致すことに未だ恐怖を拭えていないと伺わせるに十分な反応。
「何か不安があるのか?」
質問に答えず、馬淵は顔を布団で隠す。
「…笑わない?」
「ああ、笑わない」
間断を挟まずに答えると、馬淵は顔を隠していた布団を外して起き上がる。挟んだ深呼吸の音は大袈裟なぐらいに大きな音を伴っていた。
1秒がやたらと長く感じられるほどの時間が経過して、馬淵は身に着けていた上着を次々に脱いでいく。最終的に上はブラジャーのみになった。白い肌に鮮紅色は良く映え、とても色っぽい。
「わたし、胸に自信が無いの…」
芸術的な美しさを誇っているのに何に自信が無いのか理解が出来なかったのだが、記憶を遡って得心がいった。そして、原因が主に自分にあるのだと悟る。
「姉が済まない」
「ううん。大丈夫だよ。でも、男の人って大きい方が好きでしょ?」
両脇を挟んで持ち上げても馬淵の胸は大きくはならない。大きさは、BかCぐらい。少し強調された程度だが、経験のないオレからしてみれば大きかろうが小さかろうが関係はない。好みの問題からしてみれば前者に該当するとは思うが。
「いや、気にしていない」
他人にとっては些末な問題。だが、当人にしてみればときとして命に係わるかもしれないほどに大きくなるものだ。それに、それ以上に如何なる形であれ何かに答えたいと思っている人間を否定するなどあり得ない話だ。
背に手を回し、ホックを外す。初めてなのは自他ともに認めるところであるからスムーズに外せるか不安であったが思いのほか問題なく外せた。胸の中央で組まれた手は解かない。
ここから先は、当人に任せる。進む意思がオレ自身に存在していないからではない。互いに求めているという確かな証左が欲しいのだと自分に言い聞かせる。
「ちょっとぐらい、強引にやっても大丈夫だよ?」
馬淵の強がりを無視し、オレは未だ解かれていない銀髪に触れる。リボンは抵抗するはずもなく、あっさりと解けて銀の髪がシーツの上に広がる。キャンバスの上に銀の絵の具を塗りつけたように見えた。
「そういうプレイが望みじゃない」
髪を持ち上げる。銀の色彩とサラサラとした手触りは髪を持ち上げたとは思えない。形を持った光を手にしたと表現したところで語弊が無いほどに綺麗だ。
「強引だったじゃん」
胸を隠していた手を退け、馬淵はスカートのファスナーを下ろし、立て続けに下着も脱ぎ捨てる。一糸纏わぬ姿は、現実味がないほどに綺麗で整っていた。ムッとした顔で仁王立ちする姿は余計に人外味が増す。
小振りの乳房、薄っすらと肋骨の浮かぶ胸まわり、無駄な肉の一切を省いた腰回り、色白の体。本当に、人間なのかと思わずにいられないほどに完成されている。
「
グイッと体が浮く感覚に襲われた。布団の柔らかさの洗練を受け、胡乱気な表情で馬淵がズボンに手をかける。
「少し、待ってくれ」
オレは慌てて上着を脱いだ。馬淵の手が、オレの胸に触れる。傷の1つ1つを丁寧に、優し気な手つきでなぞっていく。幾度も戦いを繰り返して傷だらけの体になっていたことをすっかり忘れていた。
「結構鍛えてるんだね」
凭れた馬淵は飽くことなく傷跡をなぞり、戦いの最中で鍛えられた体に彼女の体を押し付ける。
くすぐったいと思わなかった、恥ずかしいとも思わなかった。一動作が、皮膚の感触が、彼女の全てが堪らなく愛おしくて仕方がなかった。
硬いオレの体とは対照的に馬淵の体は柔らかい。夢心地なんて言葉では言い合わらすことが出来ないぐらいに酔わされる。
そのまま倒され、今度は為すがままにされる。迫る馬淵の体が余すことなく良く見える。ついさっきまで見せたくないと頑なだった胸が、普段は決して見せることが無い場所が。自分が、孤独を望んでやまなかった自分が高嶺の花を独占している。その事実によって自分の何もかもが滑り落ちていく。
誘蛾灯に導かれる虫のようにオレの手は下腹部へと導かれる。今にもズボンを下ろそうとしていたこともあって抵抗はなく、あっさりと捕らえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます