第307話 蠱毒19(九竜サイド)

「ん…」


 抑えた嬌声が漏れた。その艶っぽさが意識の鎖を砕き、手を動かす。血が下に集う。手を止めることが失礼とさえ思え、掻き回す指を止めることが出来ない。


「く…りゅう、く…」


 千々に飛び散った言葉からは理性を感じられなかった。手を止める必要は、ない。


「まって…」


 切なげに懇願する声が聞こえた気がした。自分の意識の全てが脳ではなく全く別の場所へと行ってしまったのではいかと錯覚するほど集中している。


「ダメだってぇ‼」


 今までに聞いたことがない声だった。指はとても口にすることを躊躇うほどの状態になってしまっていて少し怖かった。


「…そんな声、出るんだな」


 何とか誤魔化そうと虚勢を張る。実際のところは、偽らざる本心でもある。


 知らない顔、知らない女。


 知っているこれまでは上辺、知っている数多が上書きされていく。恋が愛へ、少女が女へと。


「女の子の恥ずかしいところにタッチするならちゃんと許してもらわないとダメだよ?」


 と自分の下腹部に触れながら彼女は言って馬淵もオレの全てを剥ぎ取った。これで互いに一切を纏ってはいない。全てを曝け出した状態といえるだろうか。


「それなら男も同じだな」


 いきり立つそれを見て口にする。尤も最初に見せる相手が心底恥ずかしいなどと思わない存在であることが救いか。


「大人しくしててね」


 自分が攻めと主張して馬淵は体を密着させ、徐々に下へと移していく。唇が触れて、生暖かさが包む。


 快感が徐々に込み上げてくる。繰り返される回数を数える気にはならなかった。高まるボルテージは身を委ねるには十分すぎるほどのインパクトだ。


「待ってくれ‼もう…‼」


 退かそうとした直後に、オレは馬淵の口内で至った。ネットリした感触が繊細な箇所を撫でる。


「ゴホッ‼げぇ‼」


 外すと馬淵は盛大に口に含んだそれを吐き出した。涙が滲んだ顔は本当に苦しかったと分かるが、濡れた唇は艶やかで非常に色っぽい。今は見とれている場合ではないのだが見とれてしまった。


「無理するなよ」


 ため息交じりにオレは備え付けのティッシュで馬淵の口周りを拭う。抵抗せずに為されるがままの姿は猫の世話をしているような感覚だ。


「…マッズ」


 もう二度と嫌と舌を出した顔は如実に何があっても口に含まないと物語っている。ブスッとした顔はまた見たことのない顔だった。


「水、頂戴」


 ペットボトルを受け取ると馬淵はガラガラとうがいを済ませた。


「ごめん。お待たせ」


「大丈夫だったか?」


 尋ねると少し顔が険しくなる。


「もう口に入れない」


 人差し指をクロスさせ、唇をへの字に曲げる。


「帰ったらまたケーキ食べに行くか?」


「いいよ。そのときは…」


「今度はオレがエスコートする」


 馬淵の腰に手を当てて体を密着させる。女の匂いが鼻腔をくすぐる。そこまで至って、オレは肝心なことに気づいた。


「悪い。用意してない」


 こんな流れになってしまうことになるとは考えていなかったためゴムの購入はしていない。前まで敵の領域に留まって居たことを考慮してくれと叫んだところで殴られはしないだろう。ただ、何も知らない部外者にあの血みどろの真実を告げることは出来ない。失わないためには、嘘を吐き続けるしかない。


「大丈夫。薬飲んでるから」


 そんなオレの心情は露知らず。サラリと言ってのけ、馬淵は密着していた体を離す。


「ん」というとこっちに来いと腕を開き、足のガードを緩める。言葉が、何も出ないというのが本音だった。


「いいのか?本当に?」


 今更何を口にしているのかと自嘲してしまう言葉口をついた。


「初めてだから、優しくしてね」


 コクっと頷くと、オレは導かれるままに被さった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る