第304話 蠱毒16(エウリッピサイド)
時刻は18時間近。場所は渋谷。帰宅の時間に差し掛かった駅は多くの人々が吐き出されては姿を現し、取り込まれては姿を消す。
誰もすれ違う人間に気を咎めることはない。ありふれた光景に、普通と受け取れる光景に足を止めることはない。仮に足を止めることがあるとすれば、その普通の埒外にある存在を目の当たりにしたとき。
1人が、足を止めて空を指さす。1人、1人、また1人。連鎖反応が起きたように人の足が止まっては宙を仰ぎ見る。
それは、漂っていた。プカプカ、フワフワ。風船が浮いているように鏡かステンドグラスが。そんなあり得ざるものが宙を彷徨っている。
まるで王族が使用するかの如く豪奢な飾り立て。見た目は空想の産物と思い込むべきだろう。そう思っておけば、これから起きる現実を現実と知る必要はないのだから。
長針が、18時を指す。
見上げる者たちの頭上で、見下ろすそれが謳った。
調律に失敗したピアノのような音が万象を軋ませた。
崩れゆく建造物の音は万象に轟く喝采。数多の悲鳴は賞賛の嵐の如く。
主たるエウリッピは崩壊の協奏曲を耳にしてほくそ笑む。
「上手く起動したようですね」
遠くで起きた惨劇を冷静に、自分たちが糸を引いているなどと感じさせない口ぶりでガネーシャは呟く。
「当然でしょう。私の力ですから」
口角を上げ、エウリッピは踵を返す。きびきびと、鮮烈に靴音を響かせ動く姿はこれから仕事に挑む出来る女を思わせる。
「手は出さなくてもよろしいのですね?」
これが最後の確認だと示すようにガネーシャが重みを多分に含ませた質問を口にする。
「構いませんよ。ちょっとばかり、虫の居所が悪いので」
「了解しました」
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