第283話 破戒27(姫川サイド)
足が地に付いていない。不思議な感覚。幻と言われた方が納得してしまう感覚であるが、手から発せられる鋭い痛みのシグナルが現実の出来事であると
―一体、何が?
薄っすらと飛び込んでくる灰色は最後の記憶に残っている映像と一致している。段々と千々になっていた記憶が結びついていく。
自分は、負けた。頼りになるかどうかと問えば確実に否と答えるであろう装備でデスモニアと相まみえて生きているだけで上出来か。いや、確実に殺せる状況であえて生かしておいたことを考えると生かしておくに何らかのメリットを取ったからと考えるのが自然だろう。
どちらにしても、ここから降りなければと手を貫くリッパーを外そうとしたところで、眼前に広がる世界の違和感に気づく。
水面を騒めかせかねないほどの喧騒が欠片も存在していない。まだまだ戦いは佳境へ至っていないはずだ。何か一挙に終わらせかねないほどのイレギュラーが降ってわいたのか。未だ生きていることを鑑みると味方によって為されたと予想できる。
あとは酷い血の匂い。人間のものもあれば吸血鬼のものも存在している。戦場であるならば別に不思議ではない。だが、濃度は吸血鬼が強いように感じられる。ここに至るまでの経緯を、奇襲と挟撃の二段構えの直撃を受けた状態を考えれば些かあり得ざる光景だ。
『■■■■■■■■■■■■■■■■‼』
この世全てへの憎悪を滾らせる劈く咆哮が
自分の心音しか聞こえない。ドクン、ドクンと訴える音は切実に緋咲音が抱く感情を余すことなく教える。それが進まない理由にならないことは、よく知っている。
傷を広げないように、悪化させないようにリッパーを外そうと考えていたが悠長なことを言っていられず両手を無理やりに動かしてポールと自身を結び付けていた厄介な楔を外すべく掌を動かす。刃が傷口を押し広げてズキズキと強烈な痛みを神経を嬲る。
「痛って…‼」
自慢の手が、丁寧に手入れをしてきた手が汚れてしまうなどと言っている余裕はない。外れ、受け身を取り損なってドサっと鈍い音を立ててアスファルトの上に落ちた。だが、痛む掌を、体を労る暇もない。
傷口が痛むことを忘れて、自分が戦場にいることを忘れて、普段は怠らない自分の安全確認をすることも忘れて緋咲音はひたすらに前へと走り出す。涙で滲む目を払う暇すら惜しくて真っ直ぐに。
胸やけしてしまいそうなほどに強すぎる血の匂いは、自分の視界に広がる光景が如何なるものなのか問いたくも無かった。見えないようにしておいて正解だったと思ったところで、終着点に辿り着いた。
「…嘘」
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