第281話 破戒25(ヴェローナサイド)
ため息が出るとはこのことかと嘆息しながらヴェローナは血の沼地に沈みかけていたエウリッピの体を起こす。軽いと思っていた体は思っていたよりも重く持ち上げているのは実に面倒くさい。後から名も知れぬ雑兵が息を切らしながら追いついてきたからエウリッピを押し付ける。撤退するにも旗頭が存在しないのは後に響く。
「とっとと回収して消えてください」
きつめの口調で命令すると慌てて雑兵は下がっていく。眼前に居るそれは、逃げようとするエウリッピに狙いを定めている。自分は眼中に収まっていないという現実に腹立たしい。
「ガキが…すっかり舞い上がってるね」
窮屈極まりない素顔を引っぺがし、煌々と揺れる赤い瞳がヴェローナに向く。炎を思わせるほどの赤は見ているだけで熱が伝わってくる。くべた憎悪によって燃え上がり、濛々と煙る絶望に囚われていることが伝わってくる。立てる爪は早く血に自分を浸せと、表層を削る刃は血を味合わせろと訴えているように見えた。
少しだけ親近感を覚えるだろうかと思ったが、特に何もない。
「まさか、同族だとは思ってみなかったけれど、思い上がったバカには相応の末路が必須。死んだところで文句は言わせない」
纏っていたローブを投げ捨てる。鎧姿ではなくレザーの軽装。戦士でないことが分かる格好で重厚さを感じさせる装甲は存在していない。続けてショートソードを抜く。
答えは、無い。唸りすらしない、表情を全く変えない姿は要らない警戒心を煽る。
「ダンマリ?何も言わなくても、許すつもりはないけど」
ヴェローナは中段に構え、動き出す前に仕留めるべく振りかぶる。イメージとしては頭をそのままかち割って終了となれば最も理想的な展開。
「…クタバレ」
小さな呟き。集中していなければ聞こえないほどに小さかったが、聞こえたのはヴェローナの意識が逸れていたが故か。
揺れていた赤い瞳が一点に据わり、一閃。ヴェローナは咄嗟に振り上げた腕を下ろして太刀の一撃を防ぐ。想像以上に強い力は人間のものではないと実感させるには十分な強さだ。
油断してしまえば餌食になる。
「…このぉ‼」
片や特別製の武具、片や何処で見繕ったのか分からない武具。勝負の行方は誰の目から見たところでどちらに采配を上げたくなるかは自明の理だ。
『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■‼』
声にならない咆哮は、ガソリンを放り込まれた活火山が爆発したようだった。轟音はヴェローナの耳朶を揺らす。決定的な隙を生んだと悟ったところでもう遅い。続けて打ち込まれた一撃はヴェローナの剣に致命的な損傷を与える。
ぶつかった個所から少しずつ、少しずつ罅が拡がっていく。体にまともに力が入らない状態でこの状況に転がるのは信じがたいほどに、認めがたいほどにヴェローナにとって不利な状況に転がっていく。
「ガキィ…‼」
ひとまずはこの状況を切り抜けようと剣を振るう。結果は、言うまでもなく半ばから剣を砕くに至る。ここで止まるか否かはまた別の話であるが。
「クソがっ‼」
アスファルトの上で一回転。そのまま首を狙って蹴りを叩き込む。勿論、回避が出来ない、仮に出来たとしてもノーダメージで済まないように計算して繰り出した。だとして、油断は出来ないとヴェローナは下がって動きを伺う。
フラフラと後ろに下がり、それは折れたはずの首を自らの手で元に戻す。ゴキゴキ、バキバキと本来はしてはいけない場所から、してはいけない音を鳴らしながら元あった場所へと修正する。
『フゥゥゥ…』
首を元に戻し終わるや調子はどうかと確かめるように「コキ、コキ」と首を動かす。元に戻ったと理解したのか一振り、二振りと太刀を振るってヴェローナをぶった切ると意思表示する。ダメージを与えたはずなのにまともに入っていない光景に手に持っていた柄を落とす。それを拾う暇もなく後ずさりするしかない。
「こんな…バカな…」
そのあり得ざる光景にヴェローナは言葉を失いながらも手を出すことが出来ない。理解できない現象を目の当たりにしたことを如実に物語っていると証明していることを自覚していることを当事者であるヴェローナは理解していない。
『殺ス…‼殺スゥ…‼』
「…‼」
ぎらつく赤い瞳にねめつけられてヴェローナも負けじと睨み返す。
「クソッたれが‼」
本気を出せればこんな状況をひっくり返せるのにと歯噛みする。だが、そんな真似をすれば折角作り出せたこの状況を自らの手で破壊する結果にしかならない。ようやくにして作り出せたこのチャンスを逃すことにしかならない。
「貴様如きに‼」
悪態をついた直後にヴェローナが見る世界は大きく傾いた。
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