第280話 破戒24(エウリッピサイド)

 独りでこの事態を解決するのは不可能。だとして、人質を取って動揺を誘うというのも理性が無い可能性が高い相手では難しい。同士討ちを誘発させようにも葵を孤立させるべく比率をこちら側に傾けすぎてしまっているためこちらも狙いにくい。包囲網を崩して時間稼ぎを行おうにも合流を許す事態になる。しかも、舌の根の乾かぬ内に騙し討ちなどという悪手中の悪手を取ってしまったからには合流を許すわけにはいかない。どれも取ることは難しい。だが、このうちのどれかを取らなければ戦力を低下させることは叶わない。


 目的自体は、葵を掌中に収めることが叶えば十分。戦力の中核を担っている存在を喪失すれば残存戦力は烏合の衆。厄介な芥子川けしかわも既に抹殺済み。ここで無理に雌雄を決する必要はなく、戦力を温存しつつ後退できれば良い。


 再設定終了。葵を回収して即座に撤退。本来企画していた敵戦力の殲滅については後回し。


 スーッと息を吸い込み、エウリッピは声を張り上げる。


「総員撤退‼戦線を維持しつつ後退せよ‼」


 命令を伝え終わると「失墜メルト」のエネルギーを補充し、地面に炸裂させる。罅割れたアスファルトを紫色の炎が迸る。人であろうと違う存在であっても盛る炎はさっきまでと違って高温で直ぐに近づく事は出来ない。解除するのなら今だろう。


 体に融け込み、交じり合っていた導器ミーセスが剥がれてレイピアの形状に纏まっていく。動き出す前に臨界突破オーバーロードと思っていたところで、エウリッピは大きく目を見開く。


『死ネェェェェェェ‼』


 炎の幕を突き破って煤けた、埃塗れの小汚い姿のまま人の成りをした修羅が突っ込んできた。


 ―間に合わないっ‼


 咄嗟に導器ミーセスで防ごうとするも間に合わず太刀が下腹部を切り裂く。


「あ…ぐっ‼」


 ドバっと噴き出た血と痛みに耐えかねてエウリッピは膝をつきそうになるも自らが置かれている状況を理解しているため止まることは出来ない。眼前には今にも自分の首を跳ね飛ばし、体を破壊し尽くそうとするが居る。


 拙いと斬撃を警戒するも、襲い掛かったのは顔面への強烈な衝撃。殴られたと認識したところで下腹部の痛みでまともに受け身を取ることも叶わずにエウリッピは惨めに血の轍を引きながらアスファルトの上を転がる。


「くッ…」


 傷口を抑えながら起き上がろうとする。だが、傷口は想像以上に深くボタボタと傷口からは鮮血が流れ、視界がぼやけていく。その間にも死神は終わりへのカウントを足音の形で刻んでいく。


 徐々にテンポが早くなっていく。今すぐにこの状況をひっくり返さなければならないと体を動かそうとしても鉛を流し込まれたかのように動かない。それでも、自分の体が浮遊感に包まれるのだけは感じられた。

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