第277話 破戒21(芥子川サイド)
「楽観的だね。盛りすぎだよ」
ペースは握れている。動揺を隠そうとすればするほどに引きつった数多の表情は如実に焦燥を物語っている。
「これでも低く見積もっているつもりだ」
「わたしよりも弱い奴にここまで舐められるなんて…思ってもみなかったよ」
下唇を噛む。破れて滲む血はマレーネの怒りが強く、強く溢れていることが分かる。
「戦いが腕力勝負だけで決まると思っているなら甘いにもほどがあるな。貴様が誰の命で動いているのかは知らんが、温い」
「…わたしがダメダメだって?」
「この状況が否定できまい。ここまでで私を殺す機会など山ほど存在していた。それなのに、何故私は未だ生きている?」
「それは…」
言い淀んで、剣を握る手はカタカタと音を立てて震える。
「君には、人を殺すに足る理由はあるのか?」
「…あるよ」
剣呑な、殺意だけで人を殺せそうな目つきに変わる。余程触れてはならない箇所に手を当ててしまったことが分かるほどの変化だ。
「前提の話になるけど、わたしのことなんて分からないでしょ?」
「確かに分からんな。だが、君の要望を満たせる可能性があるということは言っておこう」
「わたしの要望を満たす?」
強い疑惑、嘲りをミックスした言葉がマレーネから落ちる。状況をこちら側に引き寄せるはずの常套句は導火線に火をつけるだけの結果になってしまったらしい。墓穴を掘ったと知ってから修正をしようとしたところで嘘を上塗りする結果にしかならない。
先に待つのは、完全に『死』だけになるだろう。
「やっぱり、わたしが見てきた『人間』と何も変わんないや」
躊躇いの空気は彼方へと追いやられる。それを証明するようにマレーネは前へ進む。伴って零れる言葉の憎悪は濃度を増していく。
「汚い、嘘つき、自分勝手、我が身が大事。わたしのこと好き勝手しようとしてた奴らと何も変わらない。最低のクソッたれ」
突き出した切っ先が芥子川の右脇腹を削る。栓を失った水袋のように鮮血が溢れた。痛み、血の温かさと滑りが総身に『死』を走らせる。その光景に気分を良くしたのかマレーネは楽しげに、生き生きと喋る。
「さっきわたしに足る理由をって言ってたけど、わたしはただ単にこの生き方しか知らないんだ。親はいないし、学もない。それにこんな見た目だから、邪なこと考えてる奴らが呼んでもないのに寄って来る。だったら、殺すしかないでしょ?」
続けて振るった剣が
「でもね、わたしは幸せになりたいんだ。これまでがずっと不幸だったんだから、少しぐらいは報われたっていいと思わない?愛されたいって思っちゃったとしても別に不思議な話でもないよね?」
血の味に酔っているのではないかと思えてしまうほど頬は紅潮している。当然といえば当然だ。すぐ近くに止めどなく流れる血の源泉が存在しているのだ。
「ちょっと喋りすぎちゃった。やっぱり、血の匂いがあるとテンション上がりすぎちゃうね。大好きな彼に嫌われないように直さなきゃ」
最後に突き出した切っ先は
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