第276話 破戒20(芥子川サイド)

「貴様はここに何をしに来た?私を殺しに来たのではないのか?」


「…アンタを殺す」


「時間はどれだけ経過した?」


「は?」


 間抜けた声がマレーネの口から出る。この状況を第三者が目の当たりにしたら幼気な少女を嬲っている中年おじさんの構図と思われているであろう光景だ。


「これ以上の前置きは不用だ」


 痺れを切らした芥子川けしかわが時計の針を無理やりに進める。


「お前は私を殺しに来たのだろ?」


「口数が本当に減らないね」


 マレーネの言葉通りだろう。自分でもここまで饒舌に喋っているなどいつ以来の出来事だろうと想像しようとするも思い浮かばない。


「嫌に喋りたい気分でな」


 直後に芥子川の側面を強烈な衝撃波が駆ける。アスファルトを容易く削り取る様はどれほどの力を込めているかは分からない。本気で殺すつもりで振るったのか、黙らせたいから振るったのか。眉間にしわを寄せる険しい表情はどちらとも受け取ることが出来る。


「そろそろ、黙れよ」


「黙れ、か。そう口にするのなら、ここにそれを立てれば終わる話だろう」


 芥子川けしかわは己の左胸に手を当ててから黙らせるのなら喉の方かと自嘲する。だが、マレーネは動こうとしない。いや、動けないという方が正確なのだろう。


 これまでの仕事で殺されるとなったところでここまで饒舌に舌を回し、相手を弄ぶ人間と相対したことなどないのだと今の動揺を必死に隠そうとしている態度から読み取れる。


 棘を強く打ち込むのはここと芥子川の頭はスムーズに動く。


「君、歳は幾つだ?」


「女の子に歳を聞くのはルール違反だと思うけど?」


 この状況下であっても、肝心の言葉を聞き逃すことはない。『女の子』という言葉を口にした時点で甘さが露呈している。


「慣れないことは止めておくことをおススメしておこう。『女の子』などと自ら明かすようでは話にならない」


「揚げ足を取るしかないよね」


 口を手で押さえるなどと分かりやすいミスをしでかすことはなかった。尤も人生を20年も生きていないであろうと想定が出来る少女が真っ向から交渉が難しいことを理解してはいないことは手に取るように分かる。人間を知っているとしても、所詮は上澄みだけ。深奥までは知る由もない。


「少なくとも、私自身は君に殺される可能性は8割、2割の確率で生き残ることが出来ると考えている」

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