第272話 破戒16(フォスコサイド)
一声。光輪を飛ばす。引けば地獄、進めば栄光。何よりも、矜持。証明のためにはこの女を、この敵を、この壁を飛び越えなければならない。
「貴様がなっ‼」
気を吐かんばかりの勢いで
「ご自慢の武勇伝は終ぞ披露してもらえないのか?終わりなら、こっちからやらせてもらうけど構わないよな?」
水平に構えた剣の表面に鏃の如き模様が走る。最初に見せた長剣の姿とも違うのは何かしらの能力が存在していることを持っているであろうことは明白。フォスコは得物を輪ではなく大斧に持ち替える。
ガチャンと重い音を立て、振るわれる剣と大斧がぶつかる。ギチギチと拮抗する刃は最初にぶつかったときとは比にならないほどの衝撃が伝搬する。大斧の刃部分には罅が入ってしまっている。目の当たりにしたフォスコは後ろに下がる。一度の打ち合いで力量を理解したからだ。
「まだ終わってくれるなよ。こっちはまだ何も見せてないんだ」
赤い瞳には、戦意以外は宿っていない。今の今まで誰かを、何かを気遣うような守ろうする情味がある戦いをしていたはずの者から感じてはいけない強烈な感情に身を焦がされる。
振り下ろす。避けたときには、アスファルトが盛大に裂けていた。勿論、フォスコの回避行動は間に合っている。だが、葵の切り返しは予想を優に上回る速さ。剣から放出される鱗は標的を貫こうと迫る。動きは葵と比較すれば緩慢で避けるのはさほど苦ではない。
「ちっ」連撃が躱されたことが気に食わなかったらしく舌打ちする。その動作は如何にもわざとらしく誘っているとフォスコには受け取れる。
しかし、ここで負けていることを自ら示すわけにはいかない。例え、
「終わるのは、貴様だ。最強は…儂だぁ‼」
巨獣と思えるほどに圧力に満ちた咆哮が轟く。全力の一撃、次で全て終わらせる。
大斧に力が行き渡る。ぶつかれば確実にあの剣は粉微塵に砕け、先に続く鎧も肉体も紙切れの如く打ち壊す。
真正面から受けるのは分が悪いと思ったのか葵は鱗を飛ばす攻撃に切り替える。だが、行き渡った力はこの程度の攻撃はまともにダメージを与えるに至らない。ぶつかった矢先に次々と跳ね飛ばされていく。
「その程度か、その程度かぁ‼」
狂気じみた怒号とも笑い声ともつかない声が響く。縮まった距離は、もう少し。
「…起動(オン)」
場違いなほどの小さな声が聞こえた。直後に全体重が増したかのように体が重くなる。だが、夢幻かのしかかっていた重さはすぐに体から消えた。
―何だ?
自らの体に何が起きたのかは、分からない。なのだが、このたった一瞬の隙が勝負の明暗を分けた。能面と肉食獣が合わさったような化け物が眼前に居た。
悪魔。眼前に居るのは、自分が知らない存在。
「おのれぇ…‼」
「御託など…」
全てを言い終わる前に、フォスコの首に長剣が迫っている。動く瞳は大きく見開き、今わの際を迎えようとしているのだと理解し慌てて後退する。
「見えたか?」
「…何を」
切れた傷を隠すように押さえる。これで状況が変わるはずなどないのに、手は自らの恥を隠そうと動く。
「自分が終わる」
言葉が途切れる。フォスコが眼下に目を向ける。だが、そこに在るのは己の影のみだ。
「秋が」
声は、後ろから聞こえた。だが、何もしてこないのはあからさまにバカにしている。
「…何故、攻撃しない?」
時間が、無限とも思えるほどの沈黙が流れる。実際には、短い時間のはずだ。それがこうも長く感じるのはこの窒息してしまうほどに重い空気が理由か倒すべき敵の力かは分からない。
「してるさ。とっくに」
痛みが走るよりも先に傷が開いた。袈裟に斬られたことに気づいていなかったのは如何なる理由なのか。あり得ざる光景を目の当たりにしてフォスコは何を言えばいいのか分からない。体を維持できずにフォスコは血だまりに膝をついた。
「…いつの間に」
「斬ったから。そんなもんは餓鬼でも分かる話だ」
後頭部に葵は切っ先を突き付ける。この先が何を意味しているのかは、問うまでもない。
「わざわざ首を差し出すか?」
「…ふざけるな。このような、ところで」
未だ折れる気配を見せないフォスコは自らの血に身を染めながらも節くれた腕に力を込める。それに比例して零れる血は濃さを増し、いよいよ窮地に追いやられているのだと誰の目から見ても明らかだった。
「負けた戦士なら潔く死ぬべき。お前の口癖だったな」
後頭部に剣を当て、狙いを定めて下ろす。だが、剣が斬ったのは柔らかさが無いただひたすらに人工の硬さだ。その正体を見て、
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