第267話 破戒11(葵サイド)
「同じパターンか。芸が無い‼」
怒号と転がした大地を削る輪が冷めやらぬ闘志を主張する。守るようにグルグルとフォスコの周辺を回転しながらも葵を寸断しようと隙を伺っている。動きを見定めるべきかと着地したタイミングで仕掛けてくる。
「血反吐をぶちまけろ‼」
グルグル回っていた輪を象ったエネルギーが葵を標的と認識して方向を定めて進む。ガリガリとアスファルトを削りながら動く姿は武器と言うよりも銃器を思わせる。だが、回避するのは難しくない。
覚えている範囲内では、フォスコが得意としている攻撃は斧を介して発生させた振動を標的へ向けて解き放つもの。司っているのは、あくまでも武具。
変わっていないのだと仮定するなら、距離を詰めるという方針は正しい。このように考えるとあの輪を用いた攻撃にも合点がいく。
指先の鎧部分を変形させて長爪を形成する。強度は鎧程度ならば一撃で破壊できる程度には調整してある。
『はぁ‼』
一声を発するとともに葵は掌を振り下ろし、光輪を破壊する。強度自体は大したことはなくガラス細工を砕く感覚だった。
「まだまだぁ‼」
光輪の数は増える、増え続ける。一対どころか十ほど。グルグルと回ってはアスファルトや土が歓喜の声を上げるように宙を舞う。
『何回やっても変わんねぇぜ‼』
跳ねては壊し、降りても壊し。ひたすらにこの行程をこなす。元が物質として固定されていないのか砕かれた光輪は日光に融けるように消えていく。
『Gaaaaaaaaaaaaaaa‼』
雄たけびを上げると葵は迫る光輪をものともせずに突撃する。
「クソッたれが‼」
焦りか不安か。喧しく喚いては変わらずに光輪を発生させる。だが、いくらやっても結果は同じで葵は変わらずに光輪を壊し、遂には自身の範囲に入る。
『じゃあな』
短く吐き捨てると葵は胸部めがけて左手を伸ばす。鋭い爪を始めに装甲に覆われた左手の一撃が革鎧を破る映像を想像するのは難しくはない。
「くたばるのは、貴様だ」
声音には、刃を刺しこむ隙すら無いと示している。そこに至りて、この状況が何を意味しているかを直感が教える。
グッと握り締めたフォスコの右拳が葵の腹部に打ち込まれる。装甲を破るには至らないが、表面を突破して臓腑に強烈な衝撃が伝搬する。
「カ…ハァ…」
一瞬で内臓が根幹から揺さぶられる感覚。口腔から僅かに漏れる血、行き場なく彷徨う空気。チカチカと視界が弾けてガタガタと震えて膝が折れる。項垂れて隙を晒しても動くことが出来ない。
「忘れていたか?儂の力を」
凄み、フォスコは葵にアイアンクローを仕掛ける。抵抗はままならない、指一本をまともに動かすことが出来ず為されるがまま頭を掴まれる。朦朧とする頭の中で反駁の言葉が浮かぶも言葉が出ない。
増強。主に自らが振るう武具に付与される能力だ。基本的に大斧に付与して使用していた。
よって、自らの拳に付与することが出来ないというのがつい先ほどまでの認識。離れている間に能力を発展させていたらしい。ぶち当てられた際に迸った力の奔流は久しく食らっていなかった威力を優に上回っていた。ダランと垂れさがった四肢がそれを証明している。
それを見逃すことなくフォスコは葵の右手首を掴む。砕かんばかりに力が込められているのに神経が中途で切れてしまったかのようにパルスが伝わっていない。
「なるほど。喋ることも出来ないというわけか」
頭から手を離すとフォスコは右手を握って一息に葵を殴り飛ばす。ガシャガシャと装甲が音を立て、元居た場所よりも離れた場所へと体は吹き飛ぶ。立ち上がろうと腕に力を込めるも筋肉も例外なく攻撃の対象に入っているためすぐには動かせそうもない。
しくじったと感じたところで後の祭りだ。
ザッ、ザッ、ザッ。擦れる音と共にフォスコが距離を詰めて来る。輪は今のところ手元にはない。ただ、あの拳から繰り出される剛力と真正面からぶつかり合うのはあまりにも分が悪い。
真上を陣取られた。葵を殺させまいと来るであろう可能性があるにもかかわらず臆さずに姿を見せつけているのは傲慢さか何か意図があるのか。知るのは、当人のみ。これまでの行動パターンから弾き出せば考えなし。だが、先ほど見せた強襲を思い出すとここにも何かあるのではないかと疑念が生じる。
『お前が…こんな手を…使うとは…な』
骨は幸いなことに肋骨が僅かばかり折れた程度。内臓の方に破損は見受けられない。継戦は十分にできる状況と把握する。仮に動いた瞬間に骨肉が千々になる可能性も否定は出来ないが。
「お前に勝つとなれば幾ら策を用意したところで不足はなかろう。それとも、己の予測が外れたが故に不服か?」
傲岸な物言いで葵に詰め寄る。ほぼ直下、2mを超える高さから下される視線は平時ならまだしも少なからず傷を負っている状態では恐ろしく映る。
『意外と…思っただけだ』
葵の言葉にフォスコは押し黙り、幾許かの後に口を開く。
「お前の力を認めているが故だ」
短いながらも力の籠った言葉にどれほどの決意と屈辱が滲んでいるかを理解できた者が果たしてどれほどいたのかは当人たちにも知る由はない。素面を貫いているが、真下の顔は想像を巡らせずとも想像はつく。
『嬉しい…言葉だな』
仰向けに倒れた葵を殴り潰そうと、フォスコは首を絞める。
「さらば、だ」
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